2024.04.25

加藤清正|どぼく偉人ファイルNo.14 土木大好きライター三上美絵さんによる「どぼく偉人ファイル」では、過去において、現在の土木技術へとつながるような偉業や革新をもたらした古今東西のどぼく偉人たちをピックアップ。どぼく偉人の成し遂げた偉業をビフォーアフター形式でご紹介します。第14回は熊本城の建設とともに大規模な河川工事に尽力し、「土木の神様」と呼ばれる加藤清正です。

加藤清正|どぼく偉人ファイルNo.14

Before:白川の洪水で阿蘇の火山灰が押し寄せる

阿蘇地方を源流とし、熊本市内を流れて有明海へ注ぐ「白川(しらかわ)」。戦国武将の加藤清正が1588(天正16)年に肥後国の北半分の領主としてやって来た頃、白川は大変な「暴れ川」で、たびたび洪水を引き起こしていた。

洪水になると、「ヨナ」と呼ばれる阿蘇山の火山灰が大量に流れてくるので、被害がいっそう大きくなる。いっぽうで、火山灰が積み重なった土は、すぐに水が染み込んでしまうため、日照りが続くと田畑の水が足りなくなってしまう。

清正は、新たに熊本城を建設するとともに、城の防御と城下町の洪水対策、田畑の開発を目指して、大規模な河川工事に着手した




After:洪水が減り、今の熊本の礎ができた

熊本城は東の坪井川(つぼいがわ)、西の井芹川(いせりがわ)、南の白川と、3本の川に囲まれていた。特に洪水の原因となっていたのは、白川が北側へ大きく蛇行して坪井川と合流していた箇所だ。

そこで清正は、白川の蛇行部分をカットしてまっすぐにするとともに、坪井川を白川から切り離して井芹川につないだ。さらに、その場所よりも下流にある、現在の熊本駅の近くで白川と井芹川が合流していた箇所は、川の中に「石塘(いしども)」と呼ばれる背割り堤防を築いて仕切り、2本の川に分けた。

また、農業用水が足りない地域では、川を横断する堰(せき)をあちこちに設けて水かさを上げ、取水しやすくした。取水した水を田畑へ行き渡らせるために、「井手(いで)」と呼ばれる用水路も設けた。

川を整備したことで、城下町では洪水が減り、郊外では田畑が豊かになり、有明海へ通じる舟運も盛んになった。また、清正は「大津街道(おおつかいどう)」を整備するなど道づくりにも力を入れたことで知られている。こうして、今の熊本の発展につながる礎が築かれたのである

白川の蛇行していた部分を切り離し、ショートカットして流れをまっすぐに。白川と合流していた坪井川は井芹川とつなぎ、井芹川と白川の合流部には石塘を築いて流れを分けた(出典:国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所) 白川の蛇行していた部分を切り離し、ショートカットして流れをまっすぐに。白川と合流していた坪井川は井芹川とつなぎ、井芹川と白川の合流部には石塘を築いて流れを分けた(出典:国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所) 白川の蛇行していた部分を切り離し、ショートカットして流れをまっすぐに。白川と合流していた坪井川は井芹川とつなぎ、井芹川と白川の合流部には石塘を築いて流れを分けた(出典:国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所




加藤清正のここがスゴイ! 〜ミカミ'sポイント〜

Point1:洪水と防衛を同時に解決した「土木の神様」

清正のスゴイところは、川の工事をするにあたって、ただ洪水をなくすだけではなく、城の防御のための堀の役割を持たせようと考えたことだ。

清正は、坪井川から切り離してまっすぐにした白川を外堀、井芹川とつないだ坪井川を内堀とし、熊本城を中心とする二重の堀を築いた。川の流れを変えることで、城下町を洪水から守ると同時に、敵の攻撃からも守ったのだ。

肥後国へやってくる前から「城づくりの名人」として知られた清正は、土木事業の名人でもあり、地元では今も清正のことを「土木の神様」と呼んでいる。


Point2:領民から「せいしょこさん」と親しまれたアイデアマン

工事に取り掛かる前に、清正は白川を上流から河口まで、丹念に見て回った。そうして、要所に多くの堰と井手を築いた。清正がつくったといわれる堰は、全部で29カ所にのぼるという。

堰や井手をつくるにあたっては、その場所の地形などの特徴に合わせて工夫をした。

例えば、白川で最も大きな堰である「渡鹿堰(とろくぜき)」は、川の流れに対して直角ではなく斜めに突き出している。こうすることで、通常は水を効率的に取水し、洪水のときは水の勢いを和らげるようにしたのだ。また、岩山を掘り抜いた「鼻ぐり井手」は、2~3mおきに仕切り壁を設けて渦(うず)を起こすことでヨナが底に溜まらないようにした。


こうした創意工夫とリーダーシップで難工事を成し遂げた清正は、人々から親しみを込めて「せいしょこ(清正公)さん」と呼ばれた。

堰を斜めに設けることで、取水しやすく、洪水の勢いを和らげるように工夫した「渡鹿堰」(出典:国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所) 堰を斜めに設けることで、取水しやすく、洪水の勢いを和らげるように工夫した「渡鹿堰」(出典:国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所

渦をつくりながら水を流すことでヨナが溜まるのを防いだ「鼻ぐり井手」(出典:国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所)渦をつくりながら水を流すことでヨナが溜まるのを防いだ「鼻ぐり井手」(出典:国土交通省 九州地方整備局 熊本河川国道事務所


※記事の情報は2024年4月25日時点のものです。

【PROFILE】
三上美絵(みかみ・みえ)
三上美絵(みかみ・みえ)
土木ライター。1985年に大成建設に入社。1997年にフリーライターとなり、「日経コンストラクション」などの建設系雑誌や「しんこうWeb」、「アクティオノート」などのWebマガジンなどに連載記事を執筆。一般社団法人日本経営協会が主催する広報セミナーで講師も務める。著書に「かわいい土木 見つけ旅」(技術評論社)、「土木技術者になるには」(ぺりかん社)、共著に「土木の広報」(日経BP)。土木学会土木広報戦略会議委員、土木広報大賞選考委員。
ページトップ