建機の歴史
2025.02.05
環境対応から災害復興まで。多様化する建機へのニーズ(後編)|建機の歴史⑧ 日本の国土開発、災害復興を支えてきた国産の建設機械を、それらが生産された時代背景とともに紹介する連載「建機の歴史」。第8回はバブル経済崩壊後、先の見えない不況の続く2000年代の日本が舞台です。史上まれに見る建設不況ともいわれた時期ながら、建機は環境対応や無人化・自動化の技術を磨き、大規模な都市再開発や災害復興の場でその力を発揮していきます。
文:萩原 美智子(ライター)
バブル崩壊から10年。少子高齢化とも相まって、日本は成熟の時代へ
"千年紀"ことミレニアムの華やぎとともに始まった21世紀。しかし、2001(平成13)年9月には、テロリストに乗っ取られた旅客機が米・ニューヨークの世界貿易センタービルに突入するというショッキングなニュースが世界を駆けめぐり、国際情勢が不安定化する。
日本ではバブル崩壊から10年が経過。2002(平成14)年にはFIFAワールドカップの日韓大会で列島が沸いたが、景気回復の足どりは重く、デフレの長期化や失業率の高水準化が顕著になっていく。少子高齢化も加速し、将来にわたって高成長の望めない"成熟社会"が始まっていた。
建設業界では公共投資が著しく減少し、出来高ベースの実績は1997(平成9)年度から2004(平成16)年度まで実に8年連続で前年割れが続いた。生き残りをかけた厳しい価格競争が展開され、中堅ゼネコンの中には倒産する会社も相次いだ。
都市部では大型の再開発ラッシュ
この2000年代に盛んに行われたのが、都市部を中心とした再開発事業である。急増の理由は、戦後から高度成長期までに建設された建物が老朽化し、更新が必要となっていたことと、バブル崩壊後、不良債権化して経済回復の足かせとなっていた都心部の土地の流動化*1が急がれたことであった。
*1 土地の流動化:不動産を流動性の高い資産に置き換え、そこから生み出されるキャッシュフローを元手に資金調達を行うこと。
再開発の大きな目的は、区画整理や土地の高度利用を行うことで、既存の街の安全性、機能性、住みやすさなどを向上させることである。それによって、地域ににぎわいを生み出し、街のブランド力を高めることも大きなメリットとなる。
この時期の代表的な再開発の事例が、2000(平成12)年、東京・代官山の同潤会アパート跡地に建てられた「代官山アドレス」だ。地上36階建のタワーマンション「ザ・タワー」を中心に、商業施設、公共施設などの集まる街が再生された。
2004年にJR川崎駅西口に誕生したのが、コンサートホールもある複合施設の「ミューザ川崎」だ。大規模工場と老朽化した団地の跡地を利用したもので、再開発と同時に「工場の町」から「音楽のまち」へと川崎のイメージを変化させた。
首都圏ではほかにも、昭和30年代に東京・晴海に建てられた公団住宅跡の大規模再開発となった「晴海アイランド トリトンスクエア」(2001年)、東京・六本木の旧防衛庁跡地に完成した「東京ミッドタウン」(2007年)、東京・二子玉川の遊園地、二子玉川園跡につくられた「二子玉川ライズ」(2010年)をはじめ、現在に至るまで多くの再開発が行われている。
女性や外国人オペレーターの増加に対応し、安全性・操作性に優れた建機が続々登場
男社会のイメージが強く、慢性的な人手不足に悩む建設業界では、女性たちの活躍に期待が集まっている。近年では、建機を操る女性オペレーターも珍しくなくなった。また、東南アジアや中国の技能実習生を中心に、外国人オペレーターも増加している。そこで、体力や言葉の問題などに配慮して開発されたのが、安全性・操作性を高めた建機である。
一例が2008(平成20)年に発売された、日本キャタピラーの油圧ショベル「CAT 312D」だ。転倒防止機能、ヘッドガード、油圧ロックレバーなどの安全装置を搭載。スイングヤーダ仕様機には1本のレバーで2つのウインチの連動操作ができるダブルウインチ機能も搭載された。
さらに、建機メーカー各社から誤操作防止装置、半自動アシスト、ナビゲート機能、ディスプレイ表示など多彩な技術を搭載した機種が登場。さらに安全性・操作性のための技術は、無人化・自動化へと発展していく。
増加する自然災害を受け、無人化施工の技術プロジェクトが実施される
2004年10月23日、新潟県中越地震が発生した。阪神・淡路大震災以来の最大震度7を記録したこの地震は、新潟県川口町(現・長岡市)・小千谷市・山古志村(現・長岡市)をはじめとした広い範囲に大きな被害をもたらした。
ほかにも火山の噴火、台風、大雨など、近年の日本では自然災害が頻発している。その要因のひとつが地球温暖化による異常気象ともいわれており、台風や記録的短時間大雨による被害が激甚化していることも昨今の顕著な傾向である。
災害からの復旧に建機が大きな役割を果たしてきたことは連載第7回でも述べたが、1990年代より本格的に進められてきたのが「無人化施工技術」の開発だ。危険区域に人間が立ち入ることなく、建機を遠隔操作しながら復旧作業を進めるものである。
無人化施工の歴史は1969(昭和44)年、富山県・常願寺(じょうがんじ)川の豪雨被害における富山大橋の応急復旧工事にさかのぼる。建設省(現・国土交通省)とコマツ(株式会社小松製作所)が共同開発した水陸両用ブルドーザー「D125-18B」が使用され、無線を活用したオペレーターの目視による遠隔操作が行われた。
無人化施工の本格的な取り組みとなったのが、建設省が創設した試験フィールド制度*2を適用して、1994(平成6)年に長崎県の雲仙普賢岳で実施された工事である。1990(平成2)年より始まった雲仙普賢岳の噴火で、度重なる土石流・火砕流によって、広範囲に被害をもたらした水無川流域の土砂を除去することを目的とし、建設省が無人化施工技術を民間に公募した。
*2 試験フィールド制度:現場での技術的検証を通じて完成度を高める必要のある技術を対象に、実際の現場において試験フィールド(新技術の実施工現場) を設定し、各種試験などを実施する制度。
公募に応じた多数の建設会社から6社が参加。3Dカメラ・CCDカメラなどによる3D映像も駆使し、無人の大型ブルドーザー、バックホー、ダンプトラックなどの操作が行われた。各社に課せられた施工条件のひとつに、「100m以上の遠隔操作が可能なこと」があったが、施工現場から2kmほど離れた操作室から遠隔操作を実施した会社もあった。
現在の無人化施工技術は5G・AI・ロボット技術を駆使した新たな世代へ
無人化施工技術において、雲仙普賢岳で培われた技術はモニター操作方式の第2世代と呼ばれ、1995(平成7)年ごろからはGPSによる測位技術を採用した情報化施工方式の第3世代へと進化。2009(平成21)年ごろには遠隔操作や映像の伝送に無線LANを使うことで広範囲に対応した、ネットワーク型操作方式の第4世代へと発展した。
これらの技術は前述の新潟県中越地震をはじめとした大規模な災害や、近年では福島第一原子力発電所の放射線量の高いエリアの瓦礫除去などに活用され、2021年までに全国で200件以上の実績をつくっている。そして、2025(令和7)年現在の無人化施工は、5G(第5世代移動通信)・AI・ロボット技術などを活用した新たな世代へと突入している。
なお、2000年には任意団体として「建設無人化施工協会」が設立された。無人化施工の技術開発および災害発生時の迅速な態勢構築などを目的としたもので、災害時の遠隔操作用機械の調達や、研究開発・啓蒙活動などを行っている。建設会社、建設機械メーカー、無線機器メーカー、建設機械レンタル会社、調査測量会社など22社から成る組織で、アクティオもその一角に名を連ねる。
「オフロード法」施行。排出ガス基準値の規制はいっそう厳しく
2006(平成18)年4月、「オフロード法」が施行された。正式名称を「特定特殊自動車排出ガスの規制等に関する法律」といい、連載第7回で触れた、1991(平成3)年制定の「排出ガス対策型建設機械指定制度」が発展したものである。
「オフロード法」では、大気汚染を防止し、国民の健康と生活環境を保全することを目的に、オフロード車、つまり、公道を走行しない建設機械などの特殊自動車に対し、排出ガス基準値が細かく定められた。基準に適合する車の所有車には税制や融資における優遇措置が適用される一方、基準に適合しない車を使用した際の罰則規定も設けられた。
さらに2011(平成23)年度の改正では軽油を燃料とするディーゼル特殊自動車のPM(粒子状物質)の規制値が、2014(平成26)年度の改正ではオフロード特殊自動車のNOx(窒素酸化物)の規制値が強化された。
環境対応エンジンを搭載したホイールローダー「ZWシリーズ」登場
「オフロード法」の施行を受け、建機メーカー各社では環境対応型の製品が次々と開発された。
そのひとつが、新キャタピラー三菱(現・キャタピラー)が開発した新世代電子制御エンジン「ACERT(アサート)」だ。排気を吸気に一切戻さず、クリーンな空気だけをシリンダ内に供給、さらに電子制御により最適な量の燃料を最適な条件で噴射して燃焼させることで、排出ガス中のPM、NOxの大幅な減量を実現。2005(平成17)年に発売された大型ブルドーザー「CAT D8T」(40t)、「CAT D9T」(50t)をはじめとした各機種に導入された。
また、日立建機は2006年、輸送機器メーカーのTCM(現・三菱ロジスネクスト)と共同開発したホイールローダー「ZWシリーズ」を発売した。第1弾は、「ZW220」(バケット容量3.4㎥)、「ZW250」(同3.7㎥)、「ZW310」(同4.0㎥)の3機種で、クリーンエンジンの採用によりオフロード法に対応。走行性能や作業性・安全性にも優れた次世代のモデルとなった。
同じ年、同社は大型油圧ショベルZX-3型シリーズとして「ZX450-3」「ZX650-3」「ZX850-3」の3機種も発売。同じくクリーンエンジンの搭載によってオフロード法に対応するとともに、低燃費・低騒音や作業時の安全性も向上させている。
市販建機として世界初のハイブリッド化を実現した油圧ショベル「PC200-8 ハイブリッド」
2008年にはコマツがハイブリッド油圧ショベル「PC200-8 ハイブリッド」(バケット容量0.8㎥)の販売を開始した。市販の主要建機7機種では世界初のハイブリッド化であった。
一般に建機の車体旋回動作には油圧モーターを使うが、「PC200-8 ハイブリッド」では旋回電気モーターを使用。この旋回電気モーターと発電機モーター、キャパシター(蓄電器)をディーゼルエンジンと併用するのが、独自に開発した「コマツ・ハイブリッド・システム」だった。旋回減速時に発生するエネルギーを電気エネルギーに変換してキャパシターに蓄え、発電機モーターを通じてエンジン加速時の補助エネルギーとして使うことで、ディーゼルエンジンのみの「PC200-8」に比べて約25%の燃費低減を実現した。
また、キャタピラージャパンは2010年、ブルドーザーとしては世界初のエレクトリックドライブを採用した電動ブルドーザー「D7E」を発売した。エレクトリックドライブは、ディーゼルエンジンで発電機を駆動、発電した電気をパワーインバーターの制御装置で制御し、走行モーターに供給して駆動する仕組み。従来機に比べ、燃料消費を約20%低減、1万時間稼働した場合のCO₂排出量を183t削減し、ブルドーザーとしてトップクラスの静音性能も実現した。
レンサルティングの拡大・充実に向かうアクティオ
21世紀を迎え、アクティオの提案型・コンサルティング型のレンタルビジネス、すなわち"レンサルティング"は拡大・充実に向かっていた。
そのための大規模整備拠点として2000年に完成したのが、栃木県栃木市の「佐野テクノパーク統括工場」だ。高品質なレンサルティングを提供するには、万全の整備体制と豊富な建機のラインナップ、瞬時に対応できるデリバリー力が求められる。「佐野テクノパーク統括工場」は総面積67,236㎡(東京ドーム約1.5個分)の敷地に、最先端の整備技術を取り入れた整備ラインを設置。整備や技術研究、実機による人材育成の場としての稼働を始めた。
翌年にはアクティオにとって最重要品目のひとつである水中ポンプの主力整備拠点として、敷地内に水中ポンプ工場を新設した。その後は2012(平成24)年に千葉県山武(さんむ)市、2015(平成27)年に三重県いなべ市にもテクノパークを開設。災害時には機械・機材供給基地としても機能する。
また、2001年以降、アクティオが注力したのが全国のさまざまな企業のM&A(合併・買収)である。各社の株式取得によるアクティオグループの充実と、独自の営業網や特許工法を持つ会社との業務提携を実施。グループ全体へのアクティオ哲学の浸透にも努め、グループシナジーの創出を目指した。2011年にはグループ全体の売り上げが1,400億円を突破し、その後アクティオグループは新たな成長の局面を迎えることになる。
取材協力(敬称略):一般社団法人日本建設機械工業会、建設無人化施工協会、株式会社小松製作所、日立建機株式会社、日本キャタピラー合同会社
主要参考資料:「日本建設機械工業会30年の歩み」(一般社団法人日本建設機械工業会、2020年)
※記事の情報は2025年2月5日時点のものです。