2022.12.07

【建設×SDGs➄】鉄鋼業のカーボンニュートラル〈後編〉鉄はサステナブルのお手本のような素材 後編では、カーボンニュートラルに挑戦する鉄鋼業ついて、建設業とのつながりを中心にうかがいます。お話をお聞きしたのは、一般社団法人日本鉄鋼連盟(以下、鉄鋼連盟)建設環境研究会の副委員長を務める平川智久(ひらかわ・ともひさ)氏。また鉄の優れたリサイクル性、環境適応性について、前編でもご登場いただいた礒原豊司雄(いそはら・としお)氏に解説していただきました。

前編はこちら

文:長坂邦宏(フリーランスライター)

【建設×SDGs➄】鉄鋼業のカーボンニュートラル〈後編〉鉄はサステナブルのお手本のような素材

2030年までにCO2を30%削減

──鉄鋼業と建設業のつながりについてお聞きしたいと思います。鉄はどんなところに使われていますか。


平川 鉄は建築、港湾・河川、鉄道、道路・トンネル、橋梁(りょう)、海洋構造物など、さまざまな分野で使われています。例えば、建築分野ではH形鋼を横の梁に、厚板を溶接したコラムや鋼管を角形に成形したコラムを柱に使用したりします。建物の床にはコンクリートを打ち込みますが、その下はデッキプレートといって波板状のめっき鋼板が敷き詰められています。このように構造体の主要な部分については、鉄がふんだんに使われています。


平川智久(ひらかわ・ともひさ)さん


河川では護岸のコンクリートには鉄筋が入っていますし、水漏れを防ぐために鋼板の止水板が打ち込んであったりします。最近は豪雨被害による河川の氾濫がニュースになりますが、河川の氾濫をくい止めるためにも鋼材が使われています。土が崩れるのを防ぐ鋼矢板という鋼材もありますが、最近では小さな穴を開けて水が通り抜けられるようにした鋼矢板も使われています。水循環を妨げることなく生態系や環境に配慮するためです。


──建設業界で使われる鉄の量は全体の何割を占めていますか。


平川 建材用途が4割ぐらいを占め、一番多く利用されています。


──鉄鋼連盟では「COURSE50」「Super COURSE50」をはじめ水素還元製鉄、CCU(二酸化炭素の回収・有効利用)、CCS(二酸化炭素の回収・貯留)の技術開発を進めています。建設業から鉄鋼業に対しての要望はありますか。


平川 建物を設計するときに、どれだけ二酸化炭素(CO2)を減らせるかという点について、建設業の皆様にはご関心を持っていただいています。CO2排出原単位、つまり鋼材1tを作るのに排出するCO2の量を示す指標がありますが、それが現状からどのくらい低く抑えられるか、いろいろなお客様から「話を聞きたい」とご依頼をいただいています。


そうした依頼に対して、鉄鋼各社はロードマップやシナリオを用いながら、大きな流れとして2030年までに2013年比でCO2を30%削減、2050年までにカーボンニュートラルを目指すと説明しています。


日本製鉄の2050年ビジョン図。鉄鋼各社同様のシナリオを描いている(出典:日本製鉄)日本製鉄の2050年ビジョン図。鉄鋼各社同様のシナリオを描いている(出典:日本製鉄)


最近、お客様からよくご質問いただくのは「2030年までのロードマップをより詳しく教えていただけないか」ということです。鉄鋼を使用いただいているお客様は、2030年までの削減内容をもっと詳細にスケジュールの中に落とし込みたいという思いを持っておられます。しかし、我々としてはまだ詰めきれていない部分もありますので、全てをお答えすることができていないのが現状です。




カーボンニュートラルに貢献する鋼材

──平川さんが副委員長を務められている建設環境研究会とは、どのような活動をされているのですか。


平川 建設環境研究会では、鉄のリサイクル性や自然環境との調和について研究し、情報を発信しています。「鉄の輪がつなぐ人と地球」というパンフレットを作ったり、年1回「グリーン・スチール・セミナー」を開催したりしています。2022年度の同セミナーは2023年1月にウェビナー形式で行う予定です。


一般社団法人鉄鋼連盟 建設環境研究会が発行するパンフレット。鉄鋼業の取り組み、鉄のリサイクル、鉄の社会との調和などについて分かりやすくまとめている一般社団法人鉄鋼連盟 建設環境研究会が発行するパンフレット。鉄鋼業の取り組み、鉄のリサイクル、鉄の社会との調和などについて分かりやすくまとめている


──建設業向けに新しく開発された技術や製品がありましたら、教えてください。


平川 お客様から「今すぐカーボンニュートラルの鋼材を販売できないか」というご要望をいただいております。それにお応えするため、鉄鋼製造プロセスにおいて実際に削減したCO2排出量の総量を把握し、それを任意の鉄鋼製品に割り当てる「マスバランス方式」を適用した鋼材を販売する会社も出てきました。マスバランス計算が正しく行われていると第三者認証機関に認定してもらうことで、お客様のカーボンニュートラルに貢献できるようになっています。


この鋼材は自動車、建設をはじめどの業界でも利用できます。例えば日本製鉄では「NSCarbolexTM Neutral(エヌエスカーボレックス ニュートラル)」という商品名で、2023年上期に販売を開始する予定です。


──建機で使えて、カーボンニュートラルに貢献できる鋼材はありますか。


平川 こちらも日本製鉄の商品例になりますが、耐摩耗性に優れた「ABREX®(アブレックス)」という鋼材を2014年からブランド化しています。土木工事や資源開発に必要な建設機械や鉱山設備などに使われます。具体的には、ショベルカーのアーム先端にあるバケットなどです。この鋼材は摩耗に強く、機械や設備の長寿命化に貢献するため、結果としてCO2排出削減につながります。適材適所で使われる鋼材の一例と言っていいでしょう。




ほぼ無限にリサイクル可能な鉄

──これまでのお話の中で出てきた鉄の優れたリサイクル性、環境適用性について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか。


礒原 英国の例ですが、建設分野におけるリサイクル割合を見るとコンクリートのリサイクル率が20%、木材が13%に対し、鉄鋼は93%となっています。鉄鋼は、そのほとんどがリサイクルされていることになります。しかも多くの素材は「オープンループ」リサイクルと言って、リサイクルに伴い品質が低下していくために完全に閉じたリサイクルループを築けていませんが、鉄鋼はリサイクルによる品質劣化が本質的には生じず、無限に何にでも生まれ変われる優れたリサイクル特性を有しており、「クローズドループ」リサイクルを形成しています。その結果、リサイクルによって新たな鉄鉱石の投入を置き換え、天然資源の消費を抑制することができます。


礒原豊司雄(いそはら・としお)さん


前述のように、鉄鋼のリサイクル特性が優れているのには幾つかの理由がありますが、鉄スクラップの中の不純物を酸化製錬によってほとんど取り除くことができることが最も大きな理由です。一方、ほかの金属(例えばアルミニウム合金やマグネシウム合金)はそれら自身の方がほかの多くの不純物元素よりも酸化しやすいため、含有されている不純物を酸化精錬で取り除くことが難しいのです。また、鉄は磁石にくっつく性質がありますので、酸化除去できない金属であっても事前に磁気の有無でほとんどを取り除くことができます。つまり、鉄というのはリサイクルする際、ほかの金属と比べてきれいにしやすく、リサイクルに適した材料なのです。ですからクローズドループによってほぼ無限にリサイクルできます。


日本の鉄鋼循環図。日本の粗鋼生産量をはじめ分野別使用量、国内鉄鋼蓄積量、鉄スクラップの量など、鉄の循環を詳しくまとめている(出典:日本鉄鋼連盟)日本の鉄鋼循環図。日本の粗鋼生産量をはじめ分野別使用量、国内鉄鋼蓄積量、鉄スクラップの量など、鉄の循環を詳しくまとめている(出典:日本鉄鋼連盟)


また、製品の環境負荷を考える場合、ライフサイクル全体で評価(LCA =Life Cycle Assessment)することが重要であり、それは鉄鋼製品についても同様です。鉄鋼製品に関するLCAの方法論は世界鉄鋼協会(worldsteel)によって取りまとめられ、日本の主導によりISO 20915/JIS Q 20915として規格化されています。同方法論によれば、前述の鉄鋼のリサイクル性を踏まえ、高炉で作った鉄鋼製品も電炉で作った鉄鋼製品も環境負荷(CO2排出量等)は等価であるということになる点が特徴です。詳細については、ぜひ鉄鋼連盟のホームページをご覧ください。


鉄鋼は知れば知るほど、資源が豊富で、安価で、強く、低炭素排出(低環境負荷)で、リサイクルしやすく、錆びて朽ちれば土に返る、サステナブルのお手本のような素材と言えます。


※記事の情報は2022年12月7日時点のものです。

【PROFILE】
平川智久(ひらかわ・ともひさ)
平川智久(ひらかわ・ともひさ)
1967年生まれ、日本製鉄株式会社 厚板・建材事業部 上席主幹、一般社団法人日本鉄鋼連盟 建設環境研究会 副委員長。1993年、九州芸術工科大学大学院 修士課程生活環境専攻修了。その後、新日本製鐵株式会社 建築事業部建築設計部を経て1997年から建材事業部建材開発技術部に所属し、薄板軽量形鋼造の商品開発に取り組む。2013年、鉄鋼連盟 建設環境研究会 副委員長となり、鉄鋼製品(建材)のLCAや低炭素化に関する活動を開始。現在に至る。
礒原豊司雄(いそはら・としお)
礒原豊司雄(いそはら・としお)
1961年生まれ。日本製鉄株式会社 技術総括部 部長代理、一般社団法人日本鉄鋼連盟 技術政策委員会企画委員会座長、同カーボンニュートラルスチール推進タスクフォース 座長。1987年、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻修士課程修了。同年、新日本製鐵株式会社入社。先端技術研究所、知的財産部、技術開発企画部、環境基盤研究部等を経て現職。鉄鋼製品のLCA、サステナビリティー、低炭素化等に従事。
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