2022.06.22
【建設✕SDGs③】グローバル社会に求められる「水処理技術」と「水環境・持続可能性評価」〈前編〉水処理技術の最前線 多くの建設工事において、水処理は対処すべき問題の1つです。昨今はSDGs(持続可能な開発目標)の取り組みもあり、水利用の効率化や流域環境保全といった観点からも適切な水処理の重要性がますます増しています。東京工業大学の藤井学准教授は「水、環境、SDGs」を切り口に、環境やエネルギー負荷の少ない水処理技術の開発や、水環境の健全性を評価するための技術の開発などに取り組まれています。藤井准教授に研究の最前線についてお聞きしました。
文:三上美絵(ライター)

日本の水処理技術のレベルは非常に高い
――最初に、先生が研究テーマとして「水」を選んだ理由を教えてください。
最初は「橋」に興味があり、土木工学科へ進みました。学んでみて、橋梁の構造や水理はたしかに美しいと思いましたが、同時に、すでに理論がほぼ確立されているように見えて、私が貢献できる部分は少ないと感じました。その点「水」は複雑で、まだ解明されていないことがたくさんあります。これを解き明かしたい、自然をもっと知りたいという気持ちが芽生え、水処理や水環境評価の研究を始めました。
――研究の柱の1つである「水処理技術」に取り組む意義は、どのようなことですか?
土木技術の研究開発ニーズは、日本国内と途上国とではだいぶ違います。特に水処理技術に関して、日本のレベルは非常に高いので、ニーズとしてはむしろ途上国との結びつきが強いと言えます。途上国では水道水が飲めるケースは限られており、きれいで安心・安全な水をつくり給水することは、非常に重要なタスクです。
私の研究室にも途上国から多くの留学生が来ていて、自国の水処理技術を向上させるために研究に取り組んでいます。ただ、オゾン処理などの高性能なシステムを途上国にそのまま輸出できるかと言えば、相手国にとって経済的に難しい面もあります。そうなると、もう少しメンテナンスが簡単で、ローコストな処理方法などを開発する必要がある。これは上水だけでなく、下水についても同じです。
国内向けの新たな高度処理技術と途上国向けの高効率システム
――先生の研究室では、どのような水処理技術を開発しているのでしょうか。
有機物もしくは微量有機汚染物質を除去する技術開発が主です。これはどちらかと言うと国内ニーズを意識した研究で、具体的には高度処理を行うことのできる活性炭吸着技術などです。オゾン処理は日本ではすでに実用化されていますが、万能ではありません。われわれは、それに代わることのできる、より優れた技術の開発を目指しています。
ある程度うまく回っている既存システムの代替を開発するというのは、相当チャレンジングなことです。ただ、何かあったときのオプションとして複数の選択肢をもっておくことは重要です。例えば、新型コロナウイルスのパンデミックでも、なぜこれほど早くワクチン接種が進んだかと言えば、メッセンジャーRNAの基礎研究があったからです。
水においても、さまざまな汚染物質の中から突然、毒性の強い新物質が現れる可能性がないとは言えません。今すぐ現行の水処理システムを変えようということではありませんが、基礎研究開発としては「非常時に代替となるもの」という着眼点を持ちつつ、オプションの開発を進めておくことが重要だと考えます。
安心・安全な飲料水を提供し、環境負荷のないよう下水を処理することは、水インフラの重要な社会的責任だ
――その水処理技術は上水・下水の両方に使えるものですか。
「有機汚染物質を分解する」という基礎研究なので、上下水に応用可能です。上水の場合は人間にとって、また下水の場合は生態系にとって安全であるか、というのが基準ですね。
現代社会では10万種類以上の化学物質が使われており、家庭や工場などから排出された化学物質が下水処理場へ流入し、さらに再生水を利用する場合には上水にも回ってくるわけです。日本は比較的水が豊富なので大きな問題にはなっていませんが、シンガポールやオーストラリアのように水が不足する国では、再利用は普通に行われています。そうした地域では、上下水から有害な化学物質をしっかり除去することが重要です。
――途上国向けにはどのような水処理技術を開発していますか。
下水処理工程で発生する「活性汚泥」からバイオガスを効率よく取り出す研究を進めています。国内でも一般的に使われている下水処理法に「活性汚泥法」があります。下水を入れたタンクに活性汚泥を入れて曝気(ばっき)する(空気を送り込む)と、微生物が有機物質を食べて沈殿するので、その上澄みを滅菌して川へ放流する、という簡単な方法です。
ただ、曝気にはエネルギーが必要で、この部分にコストがかかる。そこで、活性汚泥を発酵処理してメタンや水素といったバイオガスを取り出し、エネルギー源として使うことでコストを下げる取り組みが行われています。東京都の森ヶ崎水再生センターではすでにこのシステムが導入されており、センターで使用する電力の約3割を賄っているそうです。活性汚泥は使わなければ産業廃棄物として有料で処分されるので、こうして循環させれば一石二鳥です。
しかし、これまでの発酵処理には「時間がかかりすぎる」という課題がありました。私たちが研究しているのは、その速度を上げる研究です。具体的には、添加剤を加えて微生物間の電子のやり取りを促進することで、メタン生成を効率化できないか、ということにチャレンジしています。
――活性汚泥を排出するような工事現場にも導入できますか。
発酵させるタンクを温める設備や、バイオガスを回収する装置が必要になりますが、理論上は可能です。回収したガスをエネルギーとして使えば、その分、CO₂排出量を減らせることにもなるでしょう。
また、この技術は研究にも導入にもあまりコストがかからず、途上国と相性がいいことから、エジプト日本科学技術大学と共同研究を進めています。この大学はエジプト政府が設置した国立大学で、JICA(国際協力機構)が技術指導などの支援を行っており、私も特任教員として新型コロナウイルスが流行する前は年に3カ月ほど講義に行っていました。
エジプトではナイル川の水は非常に貴重であり、下水や活性汚泥の再利用のニーズが高い国の1つです。過去にもJICAとJST(科学技術振興機構)の共同プロジェクトで、エジプトの大学を窓口として、現地で下水処理プラントを開発した例もあります。
2019年にエジプト日本科学技術大学で行われた国際学会に参加したときの様子。環境、エネルギーに関する会議で、「福島原発事故由来放射性セシウムの河川環境動態」に関する発表をした
――将来的に、日本のインフラ輸出などにもつながりそうな研究ですね。
※記事の情報は2022年6月22日時点のものです。
- 藤井学(ふじい・まなぶ)
東京工業大学 環境・社会理工学院 准教授。1980年生まれ。栃木県小山市出身。2007年に東北大学大学院工学研究科土木工学専攻博士課程後期修了。その後、日本学術振興会(JSPS)特別研究員(PD)、同海外特別研究員、東京工業大学助教、同特任准教授を経て2020年より現職。エジプト日本科学技術大学(E-JUST)特任教員。専門は水環境工学。平成23年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学若手者賞など受賞。
後編へ続く