2026.04.24
C.J.ファン・ドールン|どぼく偉人ファイルNo.26 「どぼく偉人ファイル」第26回は、お雇い外国人技師ファン・ドールンです。長年水不足に悩まされていた福島県郡山市西部に位置する安積(あさか)地方に、日本初かつ当時最大級の国営農業水利事業として安積疏水を引いたファン・ドールン。その功績をビフォーアフター形式で紹介します。
文:三上 美絵(ライター)

Before:水不足にあえぐ不毛の台地
現在の福島県郡山市西部に位置する安積地方は、年間降水量が1,200mm以下と少なく、地形も高台(台地)であった。極度の水不足により農業を行うには極めて厳しい環境で、一帯には未利用の原野が広がっていた。
西へ約25kmのところには日本有数の面積を誇る猪苗代(いなわしろ)湖がある。しかしその水は、会津地方を通って日本海へ流入しており、奥羽山脈を隔てた安積方面には流れていなかった。江戸時代末期から猪苗代湖の水を安積へ引く構想はあったものの、会津藩の反対などもあり実現には至らなかった。
この停滞を打破したのが、明治政府に招かれたオランダ人技師ファン・ドールンだ。彼は1878(明治11)年に現地を視察するとともに水位を実測し、データに基づいて緻密な計算を行い、会津側の既得水利権を侵害しないようなルートを考案。また、複数のルート案の中から工事が容易で安価な「山潟ルート」を提案し、地元関係者に説明して合意形成を図るなど、プロジェクトの実現に向けた決定的な役割を果たした。
After:豊かな大地への変貌と近代都市への進化
ファン・ドールンの設計に基づき、1882(明治15)年に日本初、かつ当時日本最大級の国営農業水利事業として安積疏水が完成した。奥羽山脈を水路トンネルで越えて、猪苗代湖の水が安定的に供給されるようになり、広大な原野が豊かな農地へと劇的に変化。米の生産量が飛躍的に増加した。
この疏水の完成によってもたらされた「水の恩恵」は、農業の発展に留まらない。1915(大正4)年には疏水を利用した猪苗代水力発電へと繋がり、郡山が近代工業都市として発展する決定的な礎となった。
またファン・ドールンの作成した精密な設計式や計算は、その後の実施設計を担当した山田寅吉ら日本の技術者たちに引き継がれ、巨大な土木工事を完遂させるための技術的基盤となった。彼が導入した近代工法と、日本人技術者によるその発展によって、不毛の地は見事に再生されたと言える。
安積疏水の灌漑区域図。猪苗代湖と安積地方をつなぐ安積疏水の流路。赤の実線が当初の水路で、赤の破線は後につくられた新安積疏水
猪苗代湖から奥羽山脈の山越えをする安積疏水旧隧道
ファン・ドールンのここがスゴイ! ~ミカミ'sポイント~
Point 1:日本の近代治水・河川工学の「基礎」を築いた
ファン・ドールンは明治初期の日本における河川工学の指導者的存在であった。彼は内務省土木寮(後の土木局)の長工師(技師長)として、I.A.リンドやヨハネス・デ・レーケ、ジョージ・アーノルド・エッセルといった他のオランダ人技術者を統轄する立場にあり、それまで経験に頼っていた日本の治水技術に西欧の科学を導入した。ファン・ドールンが刊行した「治水総論」などの専門書は、日本人技術者が近代工法を習得するためのバイブルとなり、彼が去った後も日本の土木技術が自立するための大きな力となった。
猪苗代湖の会津側に建設された「十六橋水門」の脇に立つファン・ドールン像。戦時中の金属供出を避けるため安積疏水の関係者によって土に埋めて隠された。取り外す際に欠損した足先は戦後にコンクリートで補修され、台座に戻されている
Point 2:緻密なデータによる「合意形成」と「未来予測」
ファン・ドールンのすごさは、単に水を引くルートを決めたことではなく、その土地に「どれだけの水が必要か」を極めて緻密に算出した点にある。設計にあたり、安積地方の土質の透水性(水のしみ込みやすさ)や、現地の気候条件による蒸発量などまで考慮し、農地に必要な水量を論理的に導き出した。この科学的根拠に基づいた設計は、水利権を侵害されると恐れて反対していた会津側を納得させる合意形成の強力な武器となった。
また、彼が提唱した長期的な水位観測のデータは、疏水完成から数十年後の水力発電事業を成功させる鍵となり、次世代の繁栄までを見越した正確な需要予測を行っていたと言える。
※記事の情報は2026年4月24日時点のものです。

- 三上美絵(みかみ・みえ)
土木ライター。1985年に大成建設に入社。1997年にフリーライターとなり、「日経コンストラクション」などの建設系雑誌や「しんこうWeb」、「アクティオノート」などのWebマガジンなどに連載記事を執筆。一般社団法人日本経営協会が主催する広報セミナーで講師も務める。著書に「かわいい土木 見つけ旅」(技術評論社)、「土木技術者になるには」(ぺりかん社)、共著に「土木の広報」(日経BP)。土木学会土木広報戦略会議委員、土木広報大賞選考委員。







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