SDGsインタビュー
2023.07.19
LEED認証で築く人と環境に優しい賃貸住宅〈前編〉冷暖房費は「通常の3分の1」【建設×SDGs⑦】 省エネ性に優れるなど住環境の指標である「LEED(リーダーシップ・イン・エネルギー&エンバイロメンタルデザイン)」認証制度。近年、環境配慮の観点からも注目されているLEED認証を指標として導入した賃貸住宅「鈴森village(ビレッジ)」が、都心への通勤にも便利な埼玉県和光市に完成しました。SDGs(持続可能な開発目標)にも直結する鈴森villageのプロジェクトについて、設計・監理を担当した建築家の三浦丈典(みうら・たけのり)さんにお話をうかがいました。前編ではまず、完成した鈴森villageの魅力についてお聞きします。
文:池谷和浩(ライター)

断熱性・気密性に優れた高性能住宅
──まずは、鈴森villageについて教えてください。どんな賃貸住宅なのでしょうか。
東武東上線や東京メトロ有楽町線・副都心線の和光市駅から、徒歩5分の立地につくった、新築の賃貸住宅です。和光市駅は、主要駅のひとつである池袋駅から各駅停車で乗車時間19分、準急・急行なら14分という好立地です。建物は3階建てで、1階は鉄骨コンクリート(RC)造、2階と3階は木造でできています。住宅部分は全26戸。住宅側の専有面積は56.31m²~91.66m²で、ちょっと広めですね。
2023年2月に完成、入居が始まった「鈴森village」。主に駐車場として利用し、一部を近隣住人が通り抜け可能な「私有地公園」として開放していた敷地を、緑豊かな共同住宅群に変身させた(©中村晃)
設計では、生活の在り方が見直された「アフターコロナ」を見据え、自宅時間をより多様な形で充実できるようにしました。住まい手が自宅で仕事をする、趣味の時間を充実させる、1日の終わりはゆっくりくつろぐ、といった利用シーンを思い浮かべながら設計しました。玄関や踊り場は広く取り、例えば書斎のようにも使えます。窓側は屋外空間を居住空間に取り込み、屋根が架かった半屋外の「アウターリビング」や、奥行きのあるバルコニーテラスを設けました。
クリックで拡大表示アウターリビングを設けた住戸のプラン例。半屋外の空間に流し台を設置し、多目的用途に対応した(資料提供:鈴森village、写真:©中村晃)
──性能面での特徴はありますか。
断熱性・気密性が非常に高いことが特徴です。専門的な説明をすると、断熱性能は内部の熱がどれだけ外に逃げにくいかを示す「UA値」*で決まるのですが、鈴森villageは日本の断熱等級6~5の性能があります。
エアコンの負荷が下がるので、私たちの試算では冷暖房費が一般的な住宅の3分の1になり、光熱費負担は大きく減ります。近年、急激に光熱費は上がっていますので、もっと差が出るかもしれません。
* UA値:建物が外部に接する面(外皮)1m²当たりの「平均熱貫流率」のこと。数字が小さいほど熱が逃げにくい。鈴森village(202号室)のUA値は0.46ワット/m²ケルビンなのに対し、国内の現行制度における最高の「ZEH(ネットゼロエネルギーハウス)相当」で求められるのは同0.6以下。
緑に囲まれた住環境、駐車場にはEV充電器を完備
──実際に鈴森villageを訪れてみると、住宅の中の緑の豊かさに驚きます。
この敷地はもともと、一部が私有地公園として開かれ、付近の方々に親しまれていた場所で、古くからの樹木も残っています。これを可能な限り残す形で建物を配置しました。ですので、豊かな植栽の中に住空間があります。
クリックで拡大表示敷地内に複数の樹木を残した。植栽で彩った建物の周りの通路は、付近の住人も通り抜けられる。独自に街灯も配置して安全な住宅街区を形成した(資料提供:鈴森village、写真:©中村晃)
駐車場にはEV(電気自動車)用の充電器も備えています。これは分譲マンションや新築戸建て住宅ですら珍しい設備です。EVに興味があっても、こういう設備がないと日常的に使いにくいですよね。
──居住性から周辺環境、設備まで、徹底的に考え抜かれているのですね。
これまで日本の賃貸住宅には、そういった住宅の選択肢がありませんでした。鈴森villageで新しい選択肢を提示するとともに、新しい住宅市場も育てていけたらと考えています。住まい手だけでなく、理解のある施工者も増えてくれたら、もっとつくりやすくなりますから。
家賃は、周辺相場に比べて1割増しくらいに抑えています。全戸が埋まれば、事業収支としても黒字化できる計画です。鈴森villageは、この地で代を重ねてきた地主の16代目がオーナーとなり、プロジェクトを進めてきました。もし効率よく不動産を運用したければ、容積率を使い切って高層マンションを建てた方がよいですが、それはオーナーが目指していることではありません。大事にしているのは、しっかり土地を引き継いで、住まい手に幸せを感じてもらうこと。駅近でこんなに緑あふれる住宅環境を実現できたのは、良い意味でオーナーが土地に縛られていて、街の魅力を上げたいと思っているからだと思います。
今回のプロジェクトを通して、街をよくするためには、街に愛着のある地主さんに頑張ってもらうことは大事だなと感じました。
──街に愛着のある地主や環境への意識が高いオーナーでないと、鈴森villageのように高性能な賃貸住宅をつくるのは難しいでしょうか。
今後、高性能な賃貸住宅が広がっていく可能性は十分にあると思います。今の大学生や社会人になりたての若い人たちは環境に対する意識が高く、彼ら彼女らが賃貸住宅市場で家を借りるメインプレーヤーになった時には、環境配慮型の物件を選ぶようになるでしょう。
また、マンションの退去理由の上位には「暑い・寒い」「音がうるさい」といったことが入っているといわれていますが、それらを解決するためにも、住宅の環境性能を上げることが必要です。賃貸住宅の経営においては「いかに長く住んでもらうか」が鍵ですから。
「LEED for Homes」の申請は国内で4例目、個人規模では初
──ただ、賃貸住宅といってもさまざまなので、周辺の賃貸物件と見比べただけで、物件の良さを見抜くのは難しそうです。
その指標こそが、今回導入した「LEED認証」ということになるでしょう。高度な省エネ・環境設計を導入したことを示す、アメリカ発の認証制度です。環境設計に関してトップクラスの建築物を建てるための評価システムとして、非営利団体USGBC(アメリカ・グリーンビルディング協議会)が創設しました。建築物の用途別に枠組みがあり、鈴森villageでは「LEED for Homes」という評価を用いました。
現在、審査結果を待っているところで、無事に取得できたら国内で4例目になる予定です。当物件は発注者が土地所有者である個人経営の小規模法人だという点が特徴的です。私としても初めての挑戦でしたし、施工者の方々にとっても大変な仕事でしたが、苦労しながら一つひとつの課題をクリアし、完成させることができました。
※記事の情報は2023年7月19日時点のものです。
- 三浦丈典(みうら・たけのり)
建築家、一級建築士事務所 株式会社スターパイロッツ代表
1974年東京都生まれ。2007年設計事務所スターパイロッツ設立。大小さまざまな設計活動に関わる傍ら,シェアオフィスや撮影スタジオも経営。 日本各地のまちづくり、都市経営、公民連携事業にも携わる。「道の駅FARMUS木島平」で2015年グッドデザイン金賞を受賞。 著書に「起こらなかった世界についての物語」、「こっそりごっそりまちをかえよう。」、「いまはまだない仕事にやがてつく君たちへ」(以上、彰国社刊)など。
スターパイロッツHP:https://www.starpilots.jp/
後編へ続く