建設でがんばるヒント
2021.12.22
【建設でがんばるヒント 第5回】現場の問題を0(ゼロ)にするコミュニケーション技術 その5 建設技術コンサルタントとして活躍する降籏達生さん。主宰するメールマガジン「がんばれ建設~建設業専門の業績アップの秘策~」でも健筆をふるわれています。本連載では、降籏さんに建設業界で生き生きと働くためのヒントをご教示いただきます。第5回も引き続き、建設工事現場で必要な現場コミュニケーション5つのポイントのうち、交渉力について解説していただきます。
文:降籏達生(ハタ コンサルタント株式会社社長)

交渉を有利に進めるためのコミュニケーション術3
今回も、現場代理人の重要な仕事である「交渉」をうまく進めるための手法を取り上げる。交渉の始め方と、非合理な相手との交渉の仕方の2つのケースについて解説しよう。
相手の心にアンカーを打つ
交渉を始める際、まず相手の心にアンカー(最初に切り出す条件)を打つと、そのアンカーが刺さったまま交渉できるので、有利に進めることができる。先に与えられた数字や情報(アンカー)によって、その後の判断や行動に影響が出ることを、心理学用語でアンカリングという。まず相手の心にアンカ―を刺してから交渉を始めると、有利に進めることができる
アンカリングの3つの条件は以下の通りだ。
1)目標が高い(思い切って高い金額を提示する)
2)現実的である(現実離れした金額では交渉にならない)
3)説明が可能である(その金額の根拠を説明できるようにしておく)
アンカリング効果を期待できる交渉例をみてみよう。
顧客「追加工事の見積もりをお願いします」
自分「はい、分かりました。1,000万円でお願いします」
顧客「えっ。500万円くらいだと思っていました」
自分「現在原油高で資材単価が上がっているので、どうしてもこの金額になってしまいます」
顧客「では少し値引いていただき、800万円ではいかがでしょうか」
自分「分かりました」
本当は600万円でもよいと思っていたところ、1,000万円というアンカーを打ち込むことで、800万円で妥結することができる。
さらに、「分かりました」と言った後、以下の「イエスイフ話法」で条件付けするとよい。
■イエスイフ話法(はい、ただし......)
交渉では、断りたい時も、了解したい時も、こちらの返事は「イエス、イフ」(はい、ただし......)とする。「イエス」と言って基本的には了解しながら、「イフ」と言ってこちらに有利な譲歩を求めるのである。
お客様と金額交渉をする例をみてみよう。
顧客「では少し値引いていただき、800万円でいかがでしょうか」
自分「分かりました。ただし、工期を1カ月延ばしていただけないでしょうか。そうすれば社員である職人の手が空いてきますので、その金額で施工可能です」
顧客「特に急いでいるわけではないので、200万円下げてくれるのなら納期を1カ月遅らせてもいいですよ」
相手から譲歩を引き出せれば、最初に望んだ以上の成果が得られることもある。
非合理な相手との交渉術
交渉相手には理屈が通じない人がいるものだ。そのような非合理な相手とは、どのように交渉するとよいだろうか。タイプ別の対応力を身に付ければ、非合理なことを主張する相手ともスムーズに交渉を進めることができるようになる
■6タイプの対応方法
非合理なことを主張する人には、以下の6タイプがある。それぞれの対応方法を考えてみよう。
1. 価値観と共感を求める人
独自の価値観を持っている人で、利害関係よりその価値観や自分に共感してくれることを重視するタイプだ。
この場合は、まずは相手の価値観を知り、それに合わせる工夫をすることが必要だ。
2. ラポール(心の架け橋)を求める人
交渉相手との心的な関係性を重視する人で、お互いに心を通わせられることを重視するタイプだ。
この場合は、何より相手を好きになることが重要だ。相手との共通点を探したり、相手の好む話し方で話したりするほか、共同作業の時間を持つことなども効果的だ。
3. 自律的決定にこだわる人
自分で決めたことにこだわる人で、相手に決められることを嫌うタイプだ。
この場合は、相手が自分で判断する材料を提供し、あえて相手が決断したように交渉を進めることが必要だ。
4. 重要感を重んじる人
相手が自分をより重く、大切に扱ってくれることにこだわる人で、軽視されることを嫌うタイプだ。
この場合は、丁寧に、敬意を持って接することや、問い合わせ等に対する反応速度を上げて、特別感を示すことが効果的だ。
5. ランクを重視する人
相手のランク(学歴、年齢、資格等)にこだわる人で、逆に自分よりランクが低い人を下に見るタイプだ。
この場合は、相手よりランクが上の人を交渉相手にするのがもっとも効果的だ。学歴や年齢が上で、建築士、技術士など取得するのが難しい資格を持っている人が相手をするのがよいだろう。
6. 感情表現が激しい人
怒っていたり、不愉快な感情をあらわにする人で、時にハラスメントに近い対応をするタイプだ。
この場合は、まずはその感情を鎮めることが重要だ。日頃から相手が求めていることを先回りして実行し、相手の怒りや不快な感情を減らすためのコミュニケーションを意識するとよい。
■有効な役割分担
非合理なことを主張する人と交渉する場合、チームで役割分担するのがよい。特に悪役、善役を決めておくと効果的だ。
現場代理人Aとその部下Bが、「重要感を重んじる」協力会社社長Cと交渉する事例でみてみよう。Aが善役、Bが悪役である。
部下B「以前の現場では、あなたの会社の職人がミスをしたせいで我が社は損害を被ったのだ。だから、この現場ではどうしてもこの単価でやってほしい」
協力会社社長C「当社の職人がミスをしただけでなく、Bさんも測量ミスがあったではないですか。我が社にのみ責任を押し付けるのはやめてほしい」
部下B「測量ミスなんてしていない。職人が私の出したポイントを間違えて解釈して施工したのが原因だ」
協力会社社長C「Bさんが、職人にきちんと説明していないことがそもそも問題だ」
(現場代理人Aが割って入る)
現場代理人A「B君、そんな言い方はよしなさい。相手の立場も思いやらなければならないぞ。ちょっと席をはずしてくれ」
(部下Bが退席)
現場代理人A「Cさん、Bの言い方が悪かったこと許してください。当方にミスがあったことは認めます。申し訳ありませんでした」
協力会社社長C「Aさん、私の方こそ、すみませんでした。職人がミスをしたことは事実です。私もちょっと言い過ぎました。Aさんが私どものことをよく考えてくれていることがよく分かりました。今回は、ご指示の単価で施工させていただきます」
現場代理人A「Cさん、ありがとうございます。もし今後当社のミスがあれば変更を認めますので、遠慮なく言ってください」
自分の重要感を重んじるタイプの相手には、このように役割分担して交渉することが有効だ。
■タイプ別の対応例
次に、以下のようなシチュエーションにおけるタイプ別の対応方法について考えてみよう。
Aさんはある工事の現場責任者として、技術提案を考えている。ある新工法を活用したいと考えたが、その技術は大学教授のBさんが特許を持っている。そこで、Bさんと特許権使用の交渉を行っている。その技術がなければ、新工法で施工することは不可能だからだ。
その特許の中身を分析してみると、その新工法以外に使い道がない。合理的に判断すれば、こちらが多少でも報酬を支払えば、教授は特許の使用を許可してくれるはずだ。価格に関しては、相場の金額をやや上回る額を提示することにした。
ところが、それにもかかわらず、この交渉は難航している。
Bさんが、6つのうちのいずれかのタイプだとして、それぞれ対応を考えてみよう。
- 1. 価値観と共感を求める人の場合
- →「その技術を用いて日本から災害をなくしませんか」
- 2. ラポールを求める人の場合
- →「一緒に新工法を開発しましょう」
- 3. 自律的決定にこだわる人の場合
- →「その技術を活用した工法をご提案いただけないでしょうか」
- 4. 重要感を重んじる人の場合
- →「その工法の名称にB教授の名前を付けましょう」
- 5. ランクを重視する人の場合
- →「アメリカの●●大学教授の技術にするか、B教授の技術にするかで悩んでいます」
- 6. 感情表現が激しい人の場合
- →「B教授の好きな●●料理のお店を予約していますので、食事をしながら相談に乗ってください」
建設工事現場ではさまざまな人と交渉する必要がある。相手がどんなタイプの人であっても、お互いにとって有利な条件を引き出し、工事がスムーズに進むように交渉術を身に付けたいものだ。
※記事の情報は2021年12月22日時点のものです。
- 降籏 達生(ふるはた・たつお)
ハタ コンサルタント株式会社代表取締役。1961年生まれ。大阪大学工学部土木学科卒業後、株式会社熊谷組に入社。トンネル工事、ダム工事、橋梁工事に従事する。1995年阪神淡路大震災を目の当たりにして開眼。ハタコンサルタント株式会社を設立し、技術コンサルタント業を始める。実績は建設技術者研修20万人、現場指導5000件を超える。「がんばれ建設~建設業専門の業績アップの秘策~」は読者数20,000人、日本一の建設業向けメールマガジンとなっている。