2021.11.17
【建設でがんばるヒント 第4回】現場の問題を0(ゼロ)にするコミュニケーション技術 その4 建設技術コンサルタントとして活躍する降籏達生さん。主宰するメールマガジン「がんばれ建設~建設業専門の業績アップの秘策~」でも健筆をふるわれています。本連載では、降籏さんに建設業界で生き生きと働くためのヒントをご教示いただきます。第4回も前回に続き、建設工事現場で必要な現場コミュニケーション5つのポイントのうち、交渉力について解説していただきます。
文:降籏達生(ハタ コンサルタント株式会社社長)

交渉を有利に進めるためのコミュニケーション術2
今回も前回に引き続き、現場代理人の重要な仕事である「交渉」をうまく進めるための手法を解説しよう。今回は、相手の「利益」に焦点を当てる方法と、交渉時の武器となるBATNA(Best Alternative To a Negotiated Agreement = 交渉で合意するための最適な選択肢)をクローズアップする。
1.相手の「利益」に焦点を当てる
交渉する際、どうしても自分の利益に焦点を当てがちだ。しかし、相手の心をつかんで交渉を有利に進めるためには、相手の利益に焦点を当てて話す必要がある。
その際、重要となるのが次の3原則だ。
1)自分の考えていることをそのまま言葉にしない
2)相手が考えていることを想像する
3)相手の利益と一致するお願いをする
例えば、見積金額を下げてほしい場合は、以下のようになる。
1)「見積金額を下げてください」と直接的に言わない
2)相手は職人をできるだけ休ませずに、毎日平均的に働いてもらいたいと考えている
3)「職人の仕事が空くときに工事をしていいので、見積金額を再検討してください」と伝える
スムーズに交渉を進めるためには、以下のような意識を持つことも心がけるとよい。
●相手の好きなことを話す
例えば、気になる相手をデートに誘いたい場合、「デートしてください」と言わずに「驚くほどおいしいパスタを食べにいかない?」と言おう。
工事現場でのコミュニケーションに当てはめると、「書類の提出はあと1日待ってください」と言うよりも「あと1日いただければ、詳細な分析結果とともに書類を提出します」と言う方が効果的だ。
●相手の嫌いなことを話す
「芝生に入らないで」ではなく、「芝生に入ると、農薬の臭いがつきます」、「工事区域に入らないでください」ではなく、「工事区域に入ると汚れます」と言おう。
●相手に選択の自由を与える
誰かと一緒に食事をする際、「食事をご一緒にお願いします」ではなく、「驚くほどおいしいパスタの店と、石窯ピザの店、どちらがいいですか?」と聞くようにする。
これを工事現場でのコミュニケーションに当てはめると、「(協力会社に対して)この仕事を引き受けてください」ではなく、「利益率が高いけれど短工期の工事と、利益率はさほど高くないけれど長工期の工事、どちらがいいですか」と交渉する。
●相手の認められたい欲を満たす
「(部下に対して)挨拶をしなさい」ではなく、「あなたの挨拶を聞くとみんな元気が出ると言っているよ」と伝えよう。
工事現場においても、「残業して図面を仕上げてくれない?」ではなく、「現場の職人が、あなたが書いた図面が分かりやすいので、どうしてもあなたに書いてほしいと言うんだ」と伝えるとよい。
●「あなたでないとだめ」と話す
「自治会のミーティングに来てください」ではなく、「ほかの人が来なくても、○○さんだけは来てほしいんです」とお願いした方が相手の心も動く。
現場の職長にお願いする場合も、「明日の災害防止協議会に参加してください」ではなく、「ほかの人が来なくても、○○さんにだけは来ていただき、安全の重要性を話してほしいんです」と伝えよう。
●一緒にやろうと話す
子どもがなかなかテレビから離れないとき、「テレビを見るのをやめなさい」ではなく、「一緒に外に遊びに行こう」と伝えると、子どもも行動に移しやすい。
部下に対しても「資格試験の勉強をしなさい」ではなく、「私は今から○○の勉強をするんだけど、一緒に勉強しない?」と誘ってみよう。
●I(私は)メッセージで話す
奥さんにおかずをリクエストする際、「おかずをもう一品増やしてほしい」ではなく、「(私は)君が作る煮しめが好きなんだ」と話した方が、奥さんも気分がよいだろう。
工事の際にも近隣住民に「騒音を我慢してください」ではなく、「(私は)1日も早く子ども達が安全に歩ける道路を完成させたいと思っています。ご協力ありがとうございます」と伝え方を工夫しよう。
●本当のところ話法
相手が何を望んでいるのか分からないときに「本当のところは何ですか」と問いかける話法を「本当のところ話法」という。そうやって問いかけることで相手が深く考えてくれるため、相手の本当の考えを知ることができる。
以下、協力会社との金額交渉の事例で見てみよう。
自分「この金額でなんとか施工をしてもらいたいのですがいかがでしょうか」
協力会社「そんな金額ではできないよ。ほかをあたってくれよ」
自分「そうですね。厳しい金額ですよね。ところで今何が一番お困りですか」
協力会社「そうだなあ、やっぱり会社の経営が大変だねえ」
自分「本当のところは何ですか」
協力会社「仕事の忙しい時と暇な時との差が激しいことだね」
自分「そうですか。では、今回の工事は工期に多少の余裕があるので、御社の希望する工期で施工するよう心がけますので、なんとかこの金額で施工していただけないでしょうか」
協力会社「君もいいところをつくねえ。分かったよ」
2.「BATNA」は最強の武器
交渉時の武器となるのが、BATNA(Best Alternative To a Negotiated Agreement = 交渉で合意するための最適な選択肢)だ。双方にとって合意できる範囲を確認しておき、相手に選択肢を提示するとよい。
以下、選択肢を提示する際の具体的な話法を紹介する。
●二者択一話法
自分の主張を繰り返すだけでなく、相手が選びやすく、かつ承諾しやすい二者択一の選択肢を伝え、少しずつそれを小出しにする方法だ。
近隣の方との交渉のアポイントを取る事例を見てみよう。近隣の方々が工事に反対しており、協議の時間を作ってほしい場合のやりとりを例に解説する。
自分「一度工事の説明をさせていただきたいのですが、来週か再来週で、比較的時間に余裕があるのはどちらでしょうか」
住民「今は忙しいのでね。でも再来週であればなんとかなるかな」
自分「ありがとうございます。では再来週の前半か後半ではどちらがお時間に余裕があるでしょうか」
住民「そんな先のことは分からないけど、週末はなにかと用があるので前半かな」
自分「ありがとうございます。5分だけお時間をいただきたいのですが、月曜と水曜であればどちらがいいですか」
住民「月曜日は疲れていることが多いからなあ」
自分「では水曜日の夕方6時におうかがいします。どうぞよろしくお願いします」
いきなり「お時間をいただけませんか」では、「忙しい」で終わってしまう。最初にイメージしやすい先の予定を考えていただき、その後二者択一で徐々に選択肢を狭めていくとよい。
●もし仮に話法
相手が一歩踏み出してくれないときに、相手の背中をポンと押す選択肢があると効果的だ。それは「もし仮に」である。もし仮に決断をするとどうなるのかを、相手に想像してもらうのだ。
なかなか知り合いをご紹介いただけないお客様の背中を押すやりとりを見てみよう。
自分「この度はご自宅の新築工事をご発注いただき、ありがとうございます。その後の住み心地はいかがですか」
お客様「とても気持ち良く暮らしていますよ。家内もキッチンが使いやすいと喜んでいます」
自分「お褒めいただき、ありがとうございます。ところで、お知り合いで住宅を建てられる方がいらっしゃったら、ご紹介いただけませんでしょうか」
お客様「そうですねえ。でも紹介するには責任もあるし、満足していないわけではないけれど、ほかの人を紹介するというのはまた別の話だね」
自分「分かりました。ところで、もし仮にご紹介いただくとすれば、ご兄弟か親せきの方でしょうか」
お客様「私は4人兄弟で弟と妹が2人いるので、紹介するなら兄弟かなあ」
自分「もし仮にご紹介いただくとすれば、お三方の中でどなたですか」
お客様「それは弟だね。今社宅に住んでいるのだけど、退去しなければならないと言っていたからね」
自分「弟さんがもし仮に家を建てるとすると、いつごろでしょうか」
お客様「子どもの進級のこともあるので、3月までに引っ越さないといけないだろうね」
自分「今は8月ですが、設計や工事の期間を考えると、9月までには施工業者を決める必要がありますね」
お客様「そういえばそうだね。早速今から弟に電話をするよ。一度話を聞いてやってください」
「もし仮に」と言いながら、相手にプラスのイメージを膨らませ、それを決断に結びつけるという手法である。よいイメージが湧くような問いかけをすることが重要だ。
※記事の情報は2021年11月17日時点のものです。
- 降籏 達生(ふるはた・たつお)
ハタ コンサルタント株式会社代表取締役。1961年生まれ。大阪大学工学部土木学科卒業後、株式会社熊谷組に入社。トンネル工事、ダム工事、橋梁工事に従事する。1995年阪神淡路大震災を目の当たりにして開眼。ハタコンサルタント株式会社を設立し、技術コンサルタント業を始める。実績は建設技術者研修20万人、現場指導5000件を超える。「がんばれ建設~建設業専門の業績アップの秘策~」は読者数20,000人、日本一の建設業向けメールマガジンとなっている。