2025.12.10

建設業界のリアルを分かりやすく解説。学生から関係者まで楽しく読める「建設ビジネス」―髙木健次さん【自著を語る⑫】 「自著を語る」では、土木や建築を愛し、または研究し、建設にまつわる著書を出されている方に、自著で紹介する建設の魅力を語っていただきます。第12回は「建設ビジネス」をご紹介します。建設業界を研究する調査機関「クラフトバンク総研」で所長を務める髙木健次(たかぎ・けんじ)さんが、建設業界の歴史、現状、未来について分かりやすく解説。髙木さん自身が取材した現場の生の声も豊富に紹介されており、学生から関係者まで楽しく読める内容になっています。

文:長坂 邦宏(フリーランスライター) 写真:押山 智良

建設業界のリアルを分かりやすく解説。学生から関係者まで楽しく読める「建設ビジネス」―髙木健次さん【自著を語る⑫】

専門的な技術の話ではなく、ビジネスについて分かりやすく解説

──建設業界は身近な存在にもかかわらず、一般の人は実はあまり業界のことをよく知りません。なぜ「建設ビジネス」にフォーカスした本を執筆することになったのでしょうか。


いろいろな業界を分かりやすく解説するシリーズを出している出版社から声を掛けていただいたことがきっかけです。建設業界について解説している本はたくさんありますが、技術系の専門性の高い内容のものがほとんどで、ビジネス寄りの内容の本はあまりないので、面白いと思いました。


出版社側から提示されたのは、「就活生も理解しやすいように分かりやすく解説すること」「全9章で歴史と未来についての内容を入れること」の2点のみ。それ以外の内容は、目次も含めて自分で決めました。執筆するにあたり、現場のリアルな声を聞くために30社以上取材させてもらいましたが、アポ取りから全て自分で担当しています。地場の中小企業、左官や現役大工YouTuberなどの職人から戸田建設やLIXILといった大手企業まで幅広く取材しているのは、本書の大きな特徴だと思います。


──最初に目次を見て、「トイレから学ぶ建設業界の世界」「漫画『解体屋ゲン』から学ぶ解体・改修工事の世界」など意外な言葉が並んでいるので、思わず引き込まれてしまいました。


よく「目次の内容が斬新」と言われますが、業界にいる私たちにしてみれば当たり前のことなので、「そうなのか」という感じです。ただ、読者に身近に感じてもらえるような工夫はしました。分かりやすく伝えるのは、「羽鳥慎一モーニングショー」や「ABEMA Prime」といったテレビ番組の監修・解説を務めさせてもらった経験が役に立ちました。テレビでは、分かりやすく短く話すことが求められますから。


本書では、業界人が無意識に使ってしまう言葉をなるべく排除し、専門用語を使う場合もできるだけ簡潔に説明しています。


クラフトバンク総研所長の髙木健次さん


──構成について工夫した点をお聞かせください。


まず第1章で市場規模や業界トレンド、人手不足問題など、業界の全体像が分かるようにまとめました。第2章から第5章は、規模が大きい順に公共土木やビル建築、住宅、解体・改修の分野ごとに最新トピックスやトレンドを紹介。第6章と第7章で採用や働き方、給料といった建設業界のリアルに触れ、第8章で業界の歴史、第9章で業界の未来とテクノロジーをまとめています。


第8章は、監修を務めていただいた横浜国立大学 元気なインフラ研究所の松永昭吾(まつなが・しょうご)所長にご指導いただきながら何度も書き直し、特に思い入れのある章です。塗装業を営んでいた私の祖父が残してくれた記録をもとに「日本の戦後復興と建設業界」についてまとめ、建設業界で多重請負が生まれた歴史的背景についても踏み込んで書きました。さらに、この30年間マスコミが建設業界をどう報道してきたのか、「建設業界の報道の歴史」についても執筆しましたが、これらはほかの人があまり触れないテーマかと思います。


建設ビジネス




初心者でも読みやすく、前向きな気持ちになれる本

──本を手に取ってくださった方からは、どんな反響がありましたか。


父親が亡くなり、急に建設会社を継ぐことになった方からの感想は特に心に残っています。「父の仕事を突然継ぐことになり、心が折れかけていましたが、この本を読んで前向きな気持ちになれました」と言っていただき、うれしかったですね。


私も大学在学中に塗装業の家業が倒産し、同じように心が折れそうになったことがあります。本屋に行っても建設業の専門的な技術書しかなく、初心者でも業界の全体像が分かる内容の本がなくて困りました。そうした経験もあり、まさに「自分が欲しかった本」をつくったつもりです。


業界外の反響でいえば、金融や行政機関で初めて建設業界を担当することになった方から「担当する建設会社の方とどんな会話をしたらいいか分からなかったのですが、この本の内容がとても役に立ちました」という声をいただいています。大学の就職課や進路指導の方が読んでくださるケースも多いですね。




大事なのは事実に基づいて議論すること。成功している会社はちゃんとある

──この本で伝えたいメッセージは何ですか。


フワッとした議論をなくそう、ということです。きちんと事実や数字に基づいて議論することが、全てのスタートだと考えています。例えば、「建設業界は多重請負が行われるから下請けはもうからない」という人がいますが、きちんともうかっている会社、成功している会社はあります。「建設業はもうからない」という人は、その事実を見ようとしていないだけなんです。


──なぜ事実が蔑(ないがし)ろにされてしまうのでしょうか。


私は「建設経営チャンネル」というYouTubeでも情報発信をしていますが、「倒産が増えている」という話をすると再生回数が伸びます。うまくいっている会社の話よりも悲観的なメッセージの方がバズるんですよね。「不景気だから、みんなうまくいっていない」という話の方が、「やっぱりそうだよね」と安心する人が多いからです。悲観論に寄りかかるのは楽だけど、非常に甘い毒なんです。


私たちが行った従業員5~100人の中小建設会社を対象にした調査を分析すると、建設会社の業績は規模に加え、社長の意欲や能力にかなり左右されることが分かっています。例えば、人手不足が叫ばれる中、多くの会社でホームページを開設していません。業績とクロス集計してみると、ホームページを開設していない会社の業績は悪い傾向にあります。


──社長の意欲も大事なのですね。


逆に、ちゃんとホームページをつくり、デジタル化にも取り組んでいる会社は業績が伸びています。中小企業には活用できる補助金やサービスがあるし、集めようと思えばさまざまな情報もある。やるかどうかは、社長のやる気次第なんです。


私は全国を回って講演活動もしていますが、そうした事実をお話しすると、「お尻に火がつきました」という感想をいただきます。経営もスポーツと同じです。筋トレをしないと、もうかりません。


クラフトバンク総研所長の髙木健次さん




建設会社の経営は、文系と理系の狭間に落ちている

──髙木さんは大学卒業後、すぐには建設業界に入らず、まずは事業再生ファンドに勤務されています。


最初は地銀系ファンドに6年間勤務しました。その間に東日本大震災が発生し、東北地方のさまざまな会社の再建に携わることに。建設会社を担当することが多く、父の会社の倒産で苦労した経験を生かすことができました。その後、東京の事業再生ファンドに移り、規模の大きな事業再生案件も経験しました。


実はファンドやコンサルティング会社は建設業界の事業再生をあまりやりたがりません。法律が特殊で改正も多く、扱いが難しいからです。例えば、建設工事は建設業法が適用され、下請法は適用されません。また、建設業務に就く職業、つまり大工などの建設職人の有料職業紹介は原則として禁止されています。そのため、建設業に特化したコンサルタントは少なく、全国でも私を含めて数人しかいません。


──建設業界の本は専門的な技術書が多いというお話でしたが、建設会社の関心は技術系に寄っているということでしょうか。


建設会社の経営は、文系と理系の狭間(はざま)に落ちているといったほうがいいかもしれません。経営者には本来、技術的な専門知識と、法律や会計といったビジネススキルを融合した能力が求められます。しかし、建設業界でそうした両方の能力を身につけるのは難しい現状があります。




建設会社の経営者向けに役立つデータや事例を発信


──髙木さんが所長を務めるクラフトバンク総研とは、どのような組織なのでしょうか。


建設業界に関するデータを分析する調査機関として、2019年にクラフトバンク総研を立ち上げました。建設会社の経営者向けに役立つデータや事例などを発信する、同名のオウンドメディアも運営。母体であるクラフトバンク株式会社のプラットフォームが保有するデータベースや独自の取材網を活用し、「建設業界の今と未来」を分析・発信しています。「建設ビジネス」の出版以降は講演依頼も増え、年間40回以上、講演しました。


──クラフトバンク株式会社の事業内容についても教えていただけますか。


クラフトバンク株式会社は、建設業向けオンラインプラットフォームの運営やデジタル化支援を行っている会社です。主力事業は工事会社向け経営管理システム「クラフトバンクオフィス」で、スマホやPCを用いて職人の手配からタイムカード打刻、日報入力、売上・原価集計まで一元管理することができます。LINEと連携しており、職人は全ての事務作業を普段から使い慣れているLINEで完結できる点が大きな特徴です。


導入いただくお客様には対面での説明会を実施。丁寧なサポートもご好評いただいています。現状ではまだ紙を使って事務作業をしている現場も多く、競合となるようなサービスがないことから、解約率が非常に低く、現在、1万4,000人を超えるユーザーに使っていただいています。


ほかには、「職人酒場」という建設会社向けマッチングイベントも開いています。元請、協力会社、職人など建設業に関わる人が集まり、お酒を片手に自由に交流するというイベントです。これまでに全国各地で190回以上開催し、5,000人以上に参加していただきました。


クラフトバンク総研所長の髙木健次さん


──最後に、髙木さんが感じていらっしゃる日本の建設業界の可能性についてお聞かせください。


日本の建設技術は世界でもトップクラスです。日本は地震が多く、迅速に復旧・復興する技術は世界で最も優れています。その技術をもっと海外に輸出できるのではないでしょうか。日本のアニメは輸出産業になりましたが、それよりも大きな市場が期待できると思います。



■建設ビジネス

建設ビジネス

著者:髙木健次
出版社:クロスメディア・パブリッシング
発売日:2025年2月1日
詳細はこちら


※記事の情報は2025年12月10日時点のものです。

【PROFILE】
髙木健次(たかぎ・けんじ)
髙木健次(たかぎ・けんじ)
クラフトバンク総研所長・認定事業再生士(CTP)
1985年生まれ。京都大学卒業。事業再生ファンドのファンドマネージャーとして計12年、建設・製造業などの再生に従事。2019年、建設会社の経営に役立つデータ、事例などを分かりやすく発信する民間研究所兼オウンドメディア「クラフトバンク総研」を立ち上げ、所長に就任。テレビの報道番組の監修・解説、建設業協会、安全大会講師。国土交通省「第4回今後の建設業政策のあり方に関する勉強会」臨時委員。
ページトップ