2025.08.06
横須賀工業高校建設科|実習棟を完備した新設学科。地域と連携したデュアルシステムで即戦力となる人材を育成【建設教育 最前線①】 新連載「建設教育 最前線」では、建設系の学科を有する高等学校や高等専門学校を訪れ、教育現場の最前線を探ります。建設業界全体で人材不足が叫ばれ、人材育成が急務となる中、教育現場はどのようにして時代の要請に応えようとしているのか。第1回は、神奈川県立横須賀工業高等学校に2022年に新設された建設科の取り組みをご紹介します。
写真:押山 智良

地元の建設業協会の声をきっかけに建設科が誕生
神奈川県立横須賀工業高等学校の建設科は、令和4(2022)年に新たに設置されました。工業高校の統廃合や学科の再編が進む中、建設に特化した学科の新設は、全国的にも珍しいことでした。
新設の背景にあったのは、深刻な人材難です。建設業界において喫緊の課題となっている人材の確保・育成は、同校のある横須賀市も例外ではありません。横須賀市と三浦市、逗子市、葉山町の建設関連会社で組織する横須賀建設業協会が中心となり、地域の建設業の存続・発展のために神奈川県に働きかけたことをきっかけに、建設科の新設が実現しました。
同校の建設科は実践的な実習に重点を置き、最新機器を取り入れた測量支援システム室や製図室、実習棟を完備するほか、デュアルシステム*¹も推進。8人の先生のもと、1学年約40人の生徒が学んでいます。
*1 デュアルシステム:学校教育と職業訓練を並行して行うことで、実践的なスキルと学術的な知識を同時に身につける人材育成システムのこと。学校での座学と企業とともに行う実習を組み合わせて、若者の実践的で効果的な職業能力開発を支援する。
実践的な技術を学べる実習を重視
同科の特色のひとつであるデュアルシステムは、高校や高専の建設系学科では神奈川県内で初めての取り組みです。横須賀建設業協会・神奈川県建設業協会横須賀支部と連携し、2学年時に年間約120時間の実習の機会を設けています。
協会に加盟している40社ほどの企業の協力により、それぞれの強みを生かした実習を行うほか、企業や市役所などでの5日間のインターンシップ、県内のリニア中央新幹線神奈川県駅の建設現場など工事現場の見学も実施。企業による出前授業は測量や図面作成、アスファルト舗装など、学校の授業だけでは体験できない「実践的な技術」に触れる貴重な機会となっています。
デュアルシステムの一環で、毎年行っているアスファルト舗装実習の様子(画像提供:神奈川県立横須賀工業高校)
雨の日も活動できる実習棟は、建設科の設置に合わせて新設されました。さまざまな実習ができるように、ワンフロアで延床面積約570㎡という広いスペースを実現。バックホーやホイールローダーなど重機を使った作業を行えるほか、アーク溶接ができるスペースも設けられています。
毎日、何かしらの実習が行われている実習棟。屋根があり空調も整備されているため、天気が悪い日でも快適に実習できる(右画像提供:神奈川県立横須賀工業高校)
同科では土木分野を中心に、建築と設備の分野についても学ぶことができます。土木と建築の両方を学べる学科は全国的にも稀で、在学中に測量士補や2級土木施工管理技術検定のほか、卒業後は2級建築士の資格にも挑戦することが可能です。
目標通りの就職・進学実績。1人もこぼさず、建設業に
建設科の立ち上げにあたり、関係各所との調整や授業カリキュラムの組み立て、スペースの確保など準備に奔走したのが、当時、同校の機械科に所属していた山下敦(やました・あつし)先生です。山下先生は土木設計の実務経験があり、建設科のハードとソフト両面の整備を進めてきました。山下先生に、新設学科としての苦労や挑戦、現在感じている手応えなどについてお聞きしました。
※肩書きは取材時(2025年3月末)のものです。山下先生は2025年度から同校の教頭を務めていらっしゃいます。
神奈川県立横須賀工業高校 建設科 山下敦先生
――新しく建設科を立ち上げるにあたり、苦労されたことはありますか。
授業カリキュラムの組み立てにも頭を使いましたが、製図のための設備や実習棟など、ハード面の整備がもっとも大変でした。
実習棟の外観と製図室
当初、建設科の実習棟は用意されていませんでしたが、現場に則した実践的な実習を行い、即戦力のある人材を育てるためには、身近に実習ができる設備が必要だと考え、全国の土木系高校の情報などを参考にしながら、実現させました。
ただ、新しい棟をつくるにあたり、学校の中で建設科だけに恩恵があってはいけないので、機械科などほかの科にも使ってもらえるように配慮しています。
――少子化により定員割れの学校も増えているようですが、生徒を集めるのは大変ではありませんでしたか。
ありがたいことに、初年度から定員通りの生徒が入ってきてくれています。女子生徒の比率は、各学年だいたい1割~1.5割程度です。
先生の数は、当初は4名でしたが、非常に意欲的な先生が集まってくれて、現在は非常勤の先生合わせて8名体制になりました。
――昨年度、第1期生が卒業されました。就職・進学状況はいかがですか。
昨年度は34名の卒業生のうち、28名が就職、6名が進学しました。就職先は全国に支店のあるサブコン*²や行政の土木課、県内の建設関連会社などで、進学先は名古屋工業大学や金沢工業大学など、土木・建築系の学科が中心です。建設科の準備段階から立てていた目標は、おおむね達成できたかなと思っています。
*2 サブコン:英語のSubcontractor(サブコントラクター)の略で「下請け業者」を意味する。電気設備工事や空調設備工事など、ゼネコン(総合建設業者)から専門的な工事を請け負う企業のこと。
当初から「1人もこぼさず、建設業に向けるように」という信念のもとやってきましたが、生徒たちはきちんと建設業と向き合ってくれています。今の生徒たちは、特に現場管理に興味があるようです。
就職先は本当に引く手あまたという状況で、建設業界の人材難をひしひしと感じています。
大きな期待を寄せられているデュアルシステム
――特色のひとつであるデュアルシステムは、想定通りに進められていますか。
120時間分のプログラムはあらかじめ決めていましたが、企業といかに連携して進めるかについては、最初は手探り状態でした。当初、神奈川県教育委員会は、企業の実際の現場に生徒を入れて実習をさせたいという目論見(もくろみ)を立てていましたが、現場を調整するのが難しく、例えばアスファルト舗装は2年目から学校内で実習をしてもらうことにしました。
当初より、関係各所からは、本校の取り組みに対して非常に大きな期待を感じています。横須賀市も生徒たちが実習できるように、実際に法面(のりめん)工事などの発注の仕組みをつくってくれるなど、非常に協力的です。
裏を返せば、それほど人材確保に危機感があるということです。建設会社も役所もどこも人材難で、人材育成は待ったなしです。横須賀市にある高校として、地域に根差し、お世話になっている地元の建設会社にもしっかり人材を輩出していけたらと考えています。
――手応えは感じていらっしゃいますか。
他にもデュアルシステムを取り入れている学校はありますが、本校ほど本腰を入れている学校はほとんどないと自負しています。各分野の第一線で活躍されている企業に出前授業をしてもらっているほか、一般では見られないような工事現場の見学も本校独自で実施しています。
「普通では体験できないこと」をやっていますが、生徒が貴重な経験であることを自覚しているかどうかはまた別の話で......。カリキュラムに組み込まれている生徒からしたら「当たり前」と感じているようですが、でも今はそれでいいと思っています。
会社に入ったら必然的に「当事者」になりますから、今はとにかく教えてもらう立場で現場のことを知り、即戦力となってもらえることを重視しています。
デュアルシステムの一環で行っている測量実習(画像提供:神奈川県立横須賀工業高校)
――理想とする生徒像はありますか。
生徒たちによく言っているのは「頼られる人材になりなさい」ということです。建設の仕事をするうえで技術を持っていることはもちろんですが、気持ちよく仕事を受けてもらえることも大事です。現場の中で気遣いができる人間になってほしいと思っています。
建設科のミッションとして、土木の魅力を伝えることはもちろん、根底にあるのは技術だけでない人間的な部分も含めた人材育成だと思っています。
※記事の情報は2025年8月6日時点のものです。
- 神奈川県立横須賀工業高等学校
1941 年設立。機械科、電気科、化学科に加えて、2022 年に建設科が新設された。「県工」 の愛称で親しまれている。
公式サイトhttps://www.pen-kanagawa.ed.jp/yokosuka-th/index.html