2024.08.21

デジタルゼネコンで建設業界の課題解決を目指す「Digital General Construction 建設業の"望ましい"未来」――中島貴春さん【自著を語る⑦】 「自著を語る」では、土木や建築を愛し、または研究し、建設にまつわる著書を出されている方に、自著で紹介する建設の魅力を語っていただきます。第7回は、「Digital General Construction 建設業の"望ましい"未来」をご紹介します。建設業の未来は「デジタルゼネコン(Digital General Construction)」にあると語る中島貴春(なかじま・たかはる)さんにお話をうかがいました。中島さんは建設業の生産性向上を目的としたクラウドサービス「Photoruction(フォトラクション)」を提供する株式会社フォトラクションの代表取締役CEOでもあり、建設業界の課題を解決したいという思いから、新しい建設会社の形態として、デジタルゼネコンの必要性を説いています。デジタルゼネコンにより、どんな「望ましい未来」が誕生するのでしょうか。

文:長坂邦宏(フリーランスライター)

デジタルゼネコンで建設業界の課題解決を目指す「Digital General Construction 建設業の"望ましい"未来」――中島貴春さん【自著を語る⑦】

「デジタルゼネコン」とは、デジタルを得意とした新しいスタイルの建設会社

──まずは「建設業の"望ましい"未来」の概略について教えていただけますか。


本書には、私が10年にわたって「建設×テクノロジー」に向き合った結果、今感じている「建設業の望ましい未来」を書いています。結論を先に言えば、建設業の未来では「デジタルゼネコン(Digital General Construction)」と呼ばれる新しいスタイルの建設会社が多数誕生しているのではないかということです。


本書は3部構成にしています。第1章は建設業の歴史。建設とテクノロジーを取り扱うにあたって、その歴史をきちんと理解していないといけません。建設業がどのような道筋をたどってきたのかを知ることは重要ですし、未来を考える上で必要不可欠だと考えました。


第2章は建設テックを中心に取り上げています。テクノロジーがどのように入ってきて、どういう状況になっているのかを書きました。大手建設会社が2012年にスマートデバイスを一斉に導入し、デジタル化が進みました。その普及の歴史を「BIM*」「ITツール」「建設プラットフォーム」の3つに区切ってみてみました。


第3章は「デジタルゼネコン」についてです。スタートアップの存在に触れつつ、建設会社のアップデート、建設業の望ましい未来について書いています。


* BIM:Building Information Modeling の略。建築物の計画段階から3次元データを使ってプロセスを進めていく手法を指す。


中島貴春1


──表紙に「Digital General Construction」とあります。デジタル戦略を描き実行するゼネコンを意味する「デジタルゼネコン」とは違うのでしょうか。


一般に使われる「ゼネコン」という言葉は「General Contractor」の略称です。Contractorは「請負業者」という意味ですから、ゼネコンは「総合請負業」のことを言います。施主から元請けが契約を受け取り、仕事を下請けに発注していきます。ゼネコンと呼ばれる総合請負業は元請けにあたり、ある意味で総合商社に近い存在と言えるかもしれません。


これに対して、「Digital General Construction」は直訳すると「デジタル総合工事会社」となり、「デジタルを得意とした新しいスタイルの建設会社」という意味です。略して「デジタルゼネコン」と呼ぶこともありますが、いわゆるゼネコンがITツールを駆使してデジタル化を進めるという意味ではありません。最近ではスーパーゼネコンが中期経営計画に「デジタル戦略」を取り入れる動きが見られますが、本書で言う「デジタルゼネコン」はそれとは区別しています。


デジタルゼネコンの概念図(画像提供:株式会社フォトラクション)デジタルゼネコンの概念図(画像提供:株式会社フォトラクション)


──なるほど、「デジタルを得意とする建設会社」ですか。


私が代表を務める株式会社フォトラクションもそこを目指しています。当社は建設業向けのクラウドサービス「Photoruction」を建設会社に提供しています。そのサービスの一部として、建設BPO (Business Process Outsourcing)サービスがあります。


建設BPOサービスでは、建設会社の行っている業務の一部をAIなどのテクノロジーも活用して、代わりに実施しています。こういったテクノロジーなどで解決できるものは、BPOサービスに任せ、建設会社はコア業務に集中すれば、より価値の高いサービスを提供でき、収益の向上も実現できます。




「建設業は楽しい」ということを伝えたい

──どんなきっかけで本書を出版することになったのでしょうか。


X(旧Twitter)をはじめとするSNSで、建設業向けクラウドサービスや新たに開発したテクノロジーについて投稿していたところ、それを読んだ出版社の編集担当者が声をかけてくれました。SNSでは、フォトラクションの代表取締役CEOとして、実名で「建設×テクノロジー」に関する情報を発信していました。


建設業界にいる方々は今、ある種の閉塞(へいそく)感を抱いています。編集担当者も同じ課題を感じていて、「明るい気持ちになれる本を書けないか」とお話をいただき、チャレンジしてみようと思いました。


中島貴春2


──丁寧に書かれていますね。どんな点を工夫されましたか。


テクニカルな工夫はありません。ただ、伝えたいことをできるだけ意識して丁寧に書くようにしました。


従来の建設DX(デジタルトランスフォーメーション)に関する書籍は、どちらかというとデジタルツールをどう活用するかを中心に書かれていますが、私は「こういう考え方もあるのではないか」と新たな視点を提示するつもりで書いてみました。


想定する読者である建設会社の人や、学生を含めて建設業に興味を持っている人に向けて「まだまだ建設業って楽しい」ということを伝えたくて、それを丁寧にかみ砕いて書いたつもりです。


横書きで、学生などの初心者でも分かりやすいよう丁寧に書かれている横書きで、学生などの初心者でも分かりやすいよう丁寧に書かれている




人手不足で、昔では考えられないようなミスが生じている

──米メディア「ENR (Engineering News-Record)」の2023年の建設会社世界ランキングを見ると、上位20社に日本企業が1社も入っていない、と本書に書かれていますね。日本のスーパーゼネコンが入っていないのは意外でした。


売上高のランキングを見ると、上位10社のうち4社を中国企業が占めています。日本企業は1980年代、バブルの時代は上位10位に必ず入っていましたが、近年は30位までに1、2社入っていればいい方ではないでしょうか。


日本企業がテクノロジーも含めた「建物を建てる仕組み」を輸出していかないと、上位に入るのは難しいと思います。建設の仕組みは産業の基盤になるので、仕組みを丸ごと広めていければ、海外でも日本の建設会社の存在感を高めることができます。


──日本の建設業界には、今どんな課題がありますか。


どの産業にも共通することですが、やはり人手不足です。労働力人口が少なく、その空洞化が見られるのが一番の課題ではないでしょうか。建設業界も2024年4月から働き方改革関連法が適用され、時間外労働の上限規制が設けられました。こうした中で品質や工期、収益をどう確保していくかが大きな課題になっています。


ビル建設現場で鉄骨が落下したり、鉄骨の精度を改ざんし建設中のビルを建て直したりといった昔では考えられないようなミスが生じているのは、人手不足によるチェック体制の不備、ラーニング不足も多少なりとも影響しているのではないかと考えています。


──そこで「デジタルゼネコン」が活躍するということですね。


今のようにゼネコンをピラミッドの頂点として、そこからいろんな会社に仕事を発注してプロジェクトが進んでいく体制が出来上がったのは、最適化によるものです。最適化が進んだ結果、細分化された役割分担が行われるようになりました。


そこに新たなデジタルテクノロジーの活用が進むと、より効率的に仕事を回すために、アウトソースされて新たな企業体が生まれてくる。それが「デジタルゼネコン」です。


──中島さんが代表を務めるフォトラクションも「デジタルゼネコン」ですね。どんな会社なのですか。


社名と同じ「Photoruction(フォトラクション)」という建設生産支援のクラウドサービスを展開する会社です。施工した場所を記録し施主に確認してもらうための写真管理からBIMまで、オールインワンでサービスを提供しています。大きなプロジェクトになると何十万枚もの写真を撮るので、写真管理の機能では、それを効率よく自動整理します。


株式会社フォトラクションが展開する施工管理アプリ「Photoruction」の公式サイト株式会社フォトラクションが展開する施工管理アプリ「Photoruction」の公式サイト


フォトラクションは、ほかに電子小黒版、図面、工程表、書類などのたくさんの機能を有していますが、加えてAIを駆使したBPOサービスも提供しています。パソコンはもちろん、現場で使えるスマートフォンやタブレットにも対応しています。利用いただいているのはゼネコンを中心に造船会社、内装・デザイン会社といった業種にも広がっています。


これまでに約30万件の建設プロジェクトに導入されました。導入したお客様の実績値として、現場での1人当たりの作業時間を月20時間、報告作業にかける時間を99%削減できたと評価されています。




とりあえず試してみることで、次が見えてくることがある

──「デジタルゼネコン」は今後さらに増えていきそうですか。


私たちは現場で使う施工管理のサービスをメインで提供していますが、人材マッチングをしている会社もあれば、労務系をやっている会社もあるなど、テクノロジーを活用してさまざまな業務を効率化する動きは広まるでしょう。


それが進めば進むほど、ゼネコン本体から機能が飛び出し、新しい産業が成立していきます。その後、統合や分離を繰り返していくことになるのではないでしょうか。


興味深い事例があります。本書にも書きましたが、米国の建設スタートアップの旗手、Katerra(カテラ)社はテスラ社の元暫定CEOだったマイケル・マークスらによって2015年に設立され、ソフトバンク・ビジョン・ファンドを中心とするベンチャーキャピタルから巨額の出資を受けて日本でも話題になりました。


モジュール設計と工場生産による標準化を行い、その取り組みを大規模建築で実施しようと考えました。あっという間に日本の中堅ゼネコンほどの売上規模に成長しましたが、まもなく倒産してしまいました。建設会社がテクノロジーにこだわりすぎたのが原因のひとつと考えられます。ただ、こうしたカテラ社のような新しい動きは今後も出てくるかもしれません。


中島貴春3


──テクノロジーを活用した業務効率化が進む中で、注目していることはありますか。


先ほど触れたBPOです。そもそも建設産業自体がBPOで成り立っているという見方もできる中で、「コア業務って何だっけ?」と今一度、問い直しても良い時期に来ていると考えています。そうした中で、どういう業務がアウトソースされていくのか、それがどんなテクノロジーに吸収されていくのか注目しています。


業界団体のアンケート調査を見ても一番関心があるのは、最近はクラウドサービスよりも、BPOなんですね。人材不足という課題を解決するため、BPOを活用して人材の最適配置を実現したいと考える建設会社が多いようです。


──最後に、建設業が「望ましい未来」へ進んでいくためにはどんなことが必要ですか。


フットワークを軽くして、いろんなことを試してみるマインドが広がるといいと思います。IT投資も昔に比べればそれほど高額な初期投資が必要なわけではありません。とりあえず試してみることで、次が見えてくることがあると思います。


「デジタル化に今取り組まなければやばい」といった変なプレッシャーを感じている会社が少なくないように感じますが、そうではなく、「少し良くしてみようか」と楽な気持ちでやってみることが大切ではないでしょうか。


建設業界はまだまだやるべきことがたくさんあります。歴史もあり、とても面白い産業だと思います。



■Digital General Construction 建設業の"望ましい"未来

建設業の

著者:中島貴春
出版社:日経BP
発売日:2022年12月12日
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※記事の情報は2024年8月21日時点のものです。

【PROFILE】
中島貴春(なかじま・たかはる)
中島貴春(なかじま・たかはる)
株式会社フォトラクション 代表取締役CEO
1988年生まれ。2013年に芝浦工業大学大学院建設工学修士課程を修了し、株式会社竹中工務店に入社。大規模建築の現場監督に従事した後、建設現場で使うシステムの企画・開発およびBIM推進を行う。2016年3月にCONCORE'S株式会社(現 株式会社フォトラクション)を設立。
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