自著を語る
2024.03.06
ガイドブック仕立てで現場の空気感を詰め込んだ「ヨーロッパのドボクを見に行こう」─八馬智さん【自著を語る⑥】 「自著を語る」では、土木や建築を愛し、または研究し、建設にまつわる著書を出されている方に、自著で紹介する建設の魅力を語っていただきます。第6回は「ヨーロッパのドボクを見に行こう」をご紹介します。著者である八馬智(はちま・さとし)千葉工業大学創造工学部デザイン科学科教授に、出版の経緯や工夫したポイントのほか、八馬先生が考える「ドボク」の魅力やアウトプットの重要性などについてお聞きしました。
SNSに投稿していた写真が編集者の目に留まり書籍化することに
──まずは、この本をつくった経緯について教えてください。
2010年の秋から1年間、アイントホーフェン工科大学で在外研究をするためオランダに滞在することになりました。しかし、1カ月も経たないうちに「大学で研究ばかりしている場合じゃない」と思い直し、ヨーロッパの各都市を見て回り、写真で記録することにしました。陸路でいろいろな国に行けるので、オランダのみに留まっていてはもったいない。車であちこち行きました。
私は景観デザインや風景論が専門なので、いろんな場所に行くことが研究にもつながります。さまざまな風景を見ることやインプットそのものが重要な時期だと考えることにしました。
見たものの写真を撮り、即時的にTwitter(現X)でつぶやき、後日つぶやいたことを再考して、ブログにまとめて、アーカイブしていたんです。人目に触れる記録の取り方をしていたことが功を奏して、帰国後しばらくして編集者から「本にまとめませんか」というお話をいただきました。
土木はその地域の困りごとを解決する一番の手段
──先生は景観デザインがご専門ですが、土木にフォーカスした本にしたのはなぜですか。
大学を卒業後、10年近く土木系の設計会社にいました。土木エンジニアは、地域文化をつくる意義深い仕事をしているにも関わらず、本人たちはそのことをあまり意識していないし社会もあまり認知していない。むず痒い思いが自分の中にずっとありました。
今はデザイン教育の現場に身を置いていますが、土木業界から離れてもライフワークとして土木を広めていきたいという思いがあります。本を出すなら、土木のプロモーションにつながるような本にしたいと考えました。
──土木が地域文化をつくるとは、どういうことでしょうか。
土木やインフラ施設は、その地域や場所の困りごとを解決する一番の手段です。その国のテイストが如実に表れるのが土木であり、土木を紹介することはその地域を紹介することにつながります。
「ヨーロッパのドボクを見に行こう」で紹介している国でいうと、例えば国土の4分の1が海抜以下のオランダでは、連続した堤防や可動堰(かどうぜき)といった水にまつわるインフラ施設が多く見られます。また、ヨーロッパは近代土木の施設が発達していて、土地や文化に対するアイデンティティーが強いので、土木の風景から文化を読み取りやすい点が面白いですね。
5カ国にフォーカスして「ドボク旅行のテクニック」も紹介
──この本ではオランダ、フランス、ドイツ、ベルギー、スイスの「ドボク」を取り上げていますが、この5カ国にしたのはなぜですか。
ほかにイタリアやイギリス、スペインなどにも行きましたが、複数回行っている国でないと、その国の文化自体を咀嚼(そしゃく)できないので外しました。5カ国だけでも、写真は膨大な枚数になります。数万枚の中から絞るのは大変な作業でしたが、デザイナーなどを交えた写真選定会議は非常に盛り上がりました。
いろんな人に読んでもらいたいので、専門書ではなく、5カ国の旅行ガイドブック仕立てにしました。
──本の中で「ドボク旅行のテクニック」を紹介されているのも特徴的ですね。
ただ本を見るだけでなく、できれば実際に現場に行って空気感を体験してほしいので、ドボク旅行に必要な留意点やコツなどもまとめました。これを参考にして行ってきたという人や、新婚旅行で使ったという人もいて、うれしい限りです。
──大変だった撮影はありますか。
いろいろありますが、例えばドイツの火力発電用露天掘り炭鉱の写真は、1日に何回も同じバスツアーに参加して撮影しているんです。窓ガラス越しに撮っていたのですが、ガラスがすごく汚くて......いったん外に出て、ガラスを拭いてから撮影しました。バスの走行中に撮ったものなどもあり、ほかではなかなか見られない写真を載せています。
構造物を写真でコレクションする
──ひとつの構造物をさまざまな角度から撮影されていて、構造物への愛を感じます。
対象物を写真でコレクションしたい気持ちがあるので、見られる場所があったら全方位をコンプリートしたいんです。
フランスのミヨー橋は、近くに宿泊しながら3日かけて撮影しました。被写体の印象的なところを見つけて写真を撮るフォトグラファーと違って、僕は対象物がどんな形をしているか設計図面的な理解をしたいんです。その手段として写真を撮っています。例えば、橋桁と橋脚の接合部には一体どんな工夫がされているんだろうという興味が、写真にも表れていると思います。
──写真の枚数もさることながら、キャプションの情報量にも圧倒されます。
常に説明文を考えながら写真を撮るようにしています。きっかけは学生時代に、橋のデザインを手掛けている恩師に、歩道橋の写真を撮ってくるように指示された時のことです。現像した写真を渡したら「使える写真が1枚もない」と突き返されたんです。「写真につける説明を考えながら撮らないとだめだ」と言われ、コメントを考えてから写真を撮るのがクセになりました。
風景の見方を転換する「ドボク」という概念
──本書では、土木ではなく「ドボク」とカタカナになっています。
「ドボク」は、橋やダムなどの土木構造物だけでなく、団地や工場などの建築物も含め、社会基盤として捉えられる対象物全般を指します。2008年に開催された「ドボク・サミット」で生み出された概念で、ドボクを愛する人たちによって愛情を込めて名付けられました。
本書でも、いわゆる土木構造物だけでなく、駅舎や工場なども紹介しているので「ドボク」と表記しました。
──「ドボク・サミット」とは、どんな会だったのですか。
ダムや団地、ジャンクションなど、ドボクを愛してやまない鑑賞者たちが武蔵野美術大学に集結し、ドボクの現状と未来について語り合ったシンポジウムです。前年の2007年には、「工場萌え」(東京書籍)、「ダム」(メディアファクトリー)、「ジャンクション」(メディアファクトリー)などドボクの写真集が次々と発刊され、ひとつの転機となりました。
それまで「いいもの」と思われていなかった、街にある風景を「素敵だ」と言い切って写真集をつくることで、風景の見方の大転換を行ったんです。風景の見方が花開いた年であったとも言えます。
ドボク・サミットに参加したことで、僕も風景の見方がステップアップしました。きれいに記録写真を撮って収集する行為も、それに影響されています。
──八馬先生の考える「ドボク」の魅力について教えてください。
ドボクって、機能を充足することに特化して造られるものですよね。だけどそこには必然的な美しさやカッコよさが宿っていて、それを見つけることができるのは、鑑賞者の権利です。ほかの人の価値観で見るのではなく、自分で意義を見いだす行為に、すごく価値があると思っています。
「ものの見方」を育てる実験的なアウトプット
──先生は日頃からたくさんの写真を撮られていますが、風景に対する感度や解像度を上げるコツはありますか。
知らない街に行ったときなど、自分のモードがいつもと違うときは狙い目です。私は出張先や旅行先には必ずカメラを持って行き、「何か見つけてやる」という気持ちで歩いています。
「何か面白そう」「言語化できないけど撮っておこう」というものも、写真を集めるうちに「これはこういう風に見ることができる」と後から気づいたりする。そこで初めて自分なりの見方を生成でき、写真を撮るうちに「ものの見方」が醸成されていくんです。
僕はそういうネタを50個ぐらいストックしていて、SNSに投稿する際はオリジナルの#(ハッシュタグ)で管理しています。
──写真をインターネット上にアップするのはなぜですか。
インターネットを使って未完成のものや練習過程のものも実験的に人目にさらすことで、予期せぬフィードバックがあり、気づきにつながるからです。少しずつアウトプットして批評してもらえば自身の成長にもつながるので、学生にもどんどんアウトプットしなさいと言っています。
アップする際、Twitter(現X)は写真説明のメモ、ブログはそれらを再考してまとめたもの、というように、ツールの特性に合った使い方を心がけています。IT技術を使ってどんどんアウトプットできる時代だから、それを生かさない手はないと思っています。
街を歩き写真を撮って収集するインプット、その写真を実験過程も含めて人目にさらすアウトプット。両者をバランスよく行うことで、相互に影響し合い「ものの見方」を育てることができます。
■ヨーロッパのドボクを見に行こう(新装版)
著者:八馬智
出版社:自由国民社
発売日:2022年8月
詳細はこちら
※記事の情報は2024年3月6日時点のものです。
- 八馬智(はちま・さとし)
1969年千葉県生まれ。千葉工業大学創造工学部デザイン科学科教授。専門は景観デザインと産業観光。千葉大学にて工業意匠を学ぶ過程で土木構造物の魅力に目覚め、建設コンサルタントの株式会社ドーコンに入社。土木業界にデザインの価値を埋め込もうと奮闘した。その後、デザインの教育研究に方向転換したものの、社会や地域の日常を寡黙に支えている「ドボク」への愛をいっそうこじらせた。現在は本職の傍らで都市鑑賞者として日々活動しながら、さまざまな形で土木のプロモーションを行っている。著書に「日常の絶景」(学芸出版社)、共著に「橋をデザインする」(技報堂出版)、「街角図鑑」(実業之日本社)。