自著を語る
2022.10.14
建設現場で働く人々の熱が伝わる写真集「インフラメンテナンス」―写真家・山崎エリナさん【自著を語る①】 「自著を語る」では、土木や建築を愛し、または研究し、建設にまつわる著書を出されている方に、自著で紹介する建設の魅力を語っていただきます。第1回は、トンネル、橋梁、道路のメンテナンス現場を撮影した写真集「インフラメンテナンス~日本列島365日、道路はこうして守られている~」をご紹介。現場で働く人々の姿を生き生きと映し出した同書は、刊行から3年を経た今も各地で写真展が開かれるほど人気を博しています。著者で写真家の山崎エリナさんに、現場でのエピソードやインフラメンテナンスの魅力についてうかがいました。
![建設現場で働く人々の熱が伝わる写真集「インフラメンテナンス」―写真家・山崎エリナさん【自著を語る①】](https://magazine.aktio.co.jp/image/20221005-1349_main.jpg)
写真展「インフラメンテナンス」が好評で写真集に
――初めに、本書が出版されるまでの経緯を教えてください。
2017年の秋、福島県の建設会社から「現場を撮影してほしい」とお声がけいただき、草刈り作業を撮影したのが最初でした。それまで建設業は知らない世界でしたが、私は"思い立ったが吉日"タイプで、何も知らずに「行ってみたい!」と思い、福島へ向かいました。そこで撮影した写真を建設会社が冊子にしたところ、現場で作業をしていた方々が写真を見てすごく喜んでくださって。建設会社から「もっと撮影してほしい」と依頼があり、そこから2年ほど、毎月いろんな工事の現場にうかがって撮影しました。
そうして撮りためた写真を自分たちだけで楽しむのではなく、外に発信していこうと、撮影から半年後に福島で「インフラメンテナンス写真展」という展覧会を開催したんです。会場では、「皆さんが使命感をもって作業しているのが写真から伝わってくる」「心が揺さぶられた」と、感動の声を多数いただきました。写真を見て号泣する方もいらっしゃったんですよ。「今までは工事看板を見ると、道が狭くて邪魔だなとか、混んで渋滞するなとか、マイナスの思いがあったけど、写真を見て理解につながった」と話す方もいました。
その反応を見て「これは福島のギャラリーだけで終わってはいけない。たくさんの人に思いが伝わるのなら、全国の人に見てもらいたい」と思い、この写真集「インフラメンテナンス」の出版に至りました。
――実際に工事現場へ入ってみていかがでしたか。
道路工事で、片側車線を車がビュンビュン通っている隣で、集中力を欠かさずに作業されているのに感銘を受けました。実際に立つと本当に危険で命がけであることが分かるんです。また、動物や怪物のように見える重機がかっこ良くて、たまらなく好きなのですが、自分の体より大きな重機を、人が熟練の技で操縦していることに驚き、感動しました。
雪の中、出動する除雪トラックを運転する作業員(撮影:山崎エリナ)
――それまでは建設業や重機についてご存知でしたか。
私は神戸市出身で阪神淡路大震災を経験しているので、誰かが道路を直してくれていることは感じていましたが、それが誰なのかは明確ではありませんでした。それが実際に現場に入ることで、「こんなふうに細やかなメンテナンスをされて、国や地域が守られていたのだな」と実感し、点と点がつながるような感覚でした。
現場の熱量を感じながら撮る
――撮影の際にこだわっていることはありますか。
できるだけそばに寄って、現場の人の熱量を感じながら撮っています。皆さんが作業されるリズムに呼吸を合わせるような感じです。私は望遠レンズを使わずに単体レンズで一発撮りなので、どこまで入っていいか現場監督や作業員の方に聞きながら、できるだけそばに行くことを大切にしています。それは自分も体感したいからです。自分が体感しないと、実際の熱量が伝わらないので。
――現場で特に印象的だったエピソードについて教えてください。
顔を汗粒でいっぱいにしてみんなを引っ張っていく、女性リーダーの姿がとても印象的でした(写真②)。この日の福島は42度くらいの猛暑日で、「汗を流しながら頑張っている姿を撮りたい」と思って、カメラを構えて待っていました。するとコミュニケーションをとるために、ハッと顔を上げたんです。その瞬間の顔が猛暑なのにすごく笑顔で、なんてすてきなんだろうと思いました。
②チームを引っ張る女性リーダーの笑顔(撮影:山崎エリナ)
これは水路トンネルの作業が終わり、休憩時間に作業員が振り返ったときの写真です(写真③)。とってもいい笑顔をいただきました。昔トンネル工事に携わっていた方が写真展でこの写真を見て、「この笑顔は僕のトンネル人生を表している笑顔です」と涙ぐんでくださいました。写真は見た人の人生に寄り添うことができるのだと教えてもらった、思い入れのある1枚でもあります。
③休憩中に優しい笑顔で振り返る作業員。写真集のプロローグとして1ページ目に掲載されている(撮影:山崎エリナ)
この写真は橋梁の建設現場で、芸術作品のようで美しいなと思って撮りました(写真④)。写真展では、カメラが好きな方々からは「美しいね」という声をいただくのですが、建設業の方は「この結び目がゆるんでいるぞ」とおっしゃって、さすが見るところが違うんですよね。写真展でよく話題にしていただく写真です。
④まるで芸術作品のような、橋脚に鉄筋を巻き付けた壁面(撮影:山崎エリナ)
――現場で苦労したことはありますか。
水路トンネルの撮影で、地下7メートルほどの暗闇の中を現場に向かうまでが大変でした。私は実は閉所恐怖症で、途中でパニックが襲ってきて、しゃがみ込んでしまったんです。すると案内してくれた現場監督の方が「大丈夫ですよ。ゆっくり」と優しくお声がけしてくださったので、数分経つと落ち着いてきて、ドキドキしながら頑張って進みました。いざ現場に着いたら、ギザギザとした手掘りの壁面と作業する人の姿が何とも美しくて、そこに立った瞬間からパニックだったことを忘れて無我夢中で撮影しました(写真⑤⑥)。
⑤地下7メートル付近にある水路トンネル。農業用水を流すクローラー運搬台車に指示を出す(撮影:山崎エリナ)
⑥トンネル内に農業用水を流していく(撮影:山崎エリナ)
建設業は感謝される仕事
インフラメンテナンスの大切さを伝えたい
――タイトルやデザインでこだわった点について教えてください。
業界関係者だけでなく、一般の方にも知ってもらいたいというところがスタートだったので、伝えるための言葉選びにはこだわりました。「インフラメンテナンス」は絶対にタイトルに入れたかったのですが、一般の方はそれだけでは何のことか分からず、手に取ってもらえないだろうと思い、サブタイトル「日本列島365日、道路はこうして守られている」を付けました。
また、最初に手に取ってもらったときの1、2枚目が、興味をもってもらえるか否かの勝負だと思ったので、見てもらいたい写真を一番前に掲載しています。
――本書を通して、どのような思いを伝えたいですか。
皆さんが日常で使っている橋や道路、トンネルの工事看板の向こう側って、普段見ることのできない世界ですよね。その世界をじっくり見てもらいたいです。構造物の老朽化が叫ばれる中、私たちの生活を支え続けている人がいることを知ってもらい、インフラメンテナンスの大切さを伝えたいなと思います。
現場で写真を撮っていると、建設業の方々から「僕たちなんて、日の目を見なくていいんだよ」といった、支える陰の存在でいいという声もあるのですが、本当は建設業って感謝される仕事だと思うんです。写真展を見た人は一様に「ありがとう」という言葉を自然と発されるし、私も現場に入るといつも感動して頭が下がります。だから建設業の方々には、多くの人から感謝される仕事なんだって、誇りをもってもらえたらうれしいです。
――今後はどんな被写体を撮影していきたいですか。
現場で働いている人が好きなので、とにかく現場を撮りたいです。建設業でも、別の業界でも、何かに情熱を注いでいる人たちを撮りたいという大きなテーマはもっています。誰かに「この写真撮ってみたらいいんじゃない?」と言われたら、素直に聞いてすぐに実行するタイプなので、逆に何か撮ってほしいものがあればぜひ教えてほしいです(笑)。
現場でカメラを構える山崎さん(撮影:品田裕美/提供:一般財団法人建設業振興基金)
「インフラメンテナンス」以外にも、「Civil Engineers 土木の肖像」「トンネル誕生」「鉄に生きる~サスティナブルメタル 電気炉製鋼の世界~」(いずれもグッドブックス)と、建設現場をテーマに撮影した写真集を多数出している
■インフラメンテナンス~日本列島365日、道路はこうして守られている~
著者:山崎エリナ
出版社:グッドブックス
発売日:2019年4月7日
https://good-books.co.jp/books/143/
国土交通省インフラメンテナンス大賞優秀賞受賞
※記事中、写真①~⑥は「インフラメンテナンス」から収録しました。
※記事の情報は2022年10月14日時点のものです。
- 山崎エリナ(やまさき・えりな)
写真家。兵庫県神戸市出身。1995年渡仏、パリを拠点に40カ国以上を旅して撮影を続け、エッセイを執筆。帰国後、国内外で写真展を多数開催。海外での評価も高く、ポーランドの美術館にて作品収蔵。映画界の巨匠、アンジェイ・ワイダ監督からも高く評価された。NHKスペシャル「世界初撮影!深海の超巨大イカ」では、スチールカメラマンとして同行し深海を撮影。2018年には「インフラメンテナンス写真展」を福島、仙台、東京ビッグサイトにて開催。写真集に、「ただいま おかえり」(小学館)、「三峯神社」「インフラメンテナンス~日本列島365日、道路はこうして守られている~」「Civil Engineers 土木の肖像」「トンネル誕生」「鉄に生きる~サスティナブルメタル 電気炉製鋼の世界~」(以上、グッドブックス)などがある。
山崎エリナ オフィシャルサイト