2023.12.25

戦前・戦後の国土開発期(前編)|建機の歴史① 日本の国土開発、災害復興を支えてきた国産の建設機械を、それらが生産された時代背景とともに紹介する連載「建機の歴史」。第1回は、国内の建設工事で本格的に機械が使われ始めた、戦前から戦後にかけての建機にまつわる歴史を紹介します。

文:萩原 美智子(ライター)

戦前・戦後の国土開発期(前編)|建機の歴史①

明治末期、日本各地で多数の輸入建機が活躍

わが国で本格的に建設機械が使われ始めたのは、明治時代の末期であったといわれる。欧米に比べて日本の建機開発は遅れていて、国内の建設現場では海外からの輸入製品が使われていた。


当時の工事としては、1911(明治44)年開始の品川操車場敷地造成工事のほか、大正時代の阿武隈川(あぶくまがわ)改修工事、綾瀬川改修工事など多くの記録が残されているが、一つ代表的なものを挙げるとすれば、1909(明治42)年から1924(大正13)年にかけて信濃川の新潟県の流域で行われた大河津(おおこうづ)分水路工事であろう。


当時、東洋一の機械力を用いた大工事であったと称されるこの大規模工事には、さまざまな建機が投入された。例えば、堅い粘土層である土丹(どたん)の掘削に使われたのは、英ウィテカー・ブラザーズ社の大型蒸気ショベル(バケット容量1.6m3、重量46t)2台。また、山間部を掘り抜く工事だったので、上方掘削用には独リューベッカー機械工学社の大型バケットチェーン掘削機(掘削量120m3/h、重量80t)が12台も使用されている。


大河津分水路工事で活躍した、英ウィテカー・ブラザーズ社の大型蒸気ショベル(画像提供:土木学会附属土木図書館)大河津分水路工事で活躍した、英ウィテカー・ブラザーズ社の大型蒸気ショベル(画像提供:土木学会附属土木図書館)


さらに、この工事には日本の国産建機の第1号といわれる機械も導入された。新潟鐵工所(現・ニイガタマシンテクノ)が開発したバケットチェーン掘削機(重量40t)4台である。


明治末期から大正時代にかけて、日本は第1次世界大戦の影響で輸出が急増し、重化学工業も活性化。好景気を背景に、多くの建設会社や機械メーカーなどがさまざまな建機を輸入した。それらの中には1923(大正12)年に発生した関東大震災後の復興に役立てられたものも多数あった。


いっぽう、一部のメーカーでは国産建機の開発も開始されていたが、日本の建機産業が本格的に育ち始めるには、まだしばらくの年月が必要であった。




1930年、国産初の電気ショベル「50K」が誕生

1926年12月、時代は昭和へと移り変わった。それから3カ月ほどして国内では金融恐慌が発生、市民が銀行に押し寄せる取り付け騒ぎが起こるなど、市場は大混乱に陥った。


1930(昭和5)年ごろから経済は持ち直していったが、満洲事件、五・一五事件、日本の国際連盟脱退など不穏な出来事が続き、世の中は重苦しさを増していく。


そんな中、建機の世界では、1930年に国産初の電気ショベルが誕生した。神戸製鋼所(現・コベルコ建機)の中型電気ショベル「50K」だ。


神戸製鋼所の中型電気ショベル「50K」(画像提供:コベルコ建機)神戸製鋼所の中型電気ショベル「50K」(画像提供:コベルコ建機)


同社が開発に着手したきっかけは、外国から輸入されたパワーショベルが大型船用ドックの建設や炭鉱の露天掘りなどの現場で活躍していることに注目したことだった。


当時、ショベルの開発では世界的に"脱蒸気"の動きが顕著になっていた。蒸気機関は出力量では申し分ないものの、ボイラーを必要とし、取り扱いにも手がかかったのである。この頃から蒸気式が採用されるのは大型ショベルのみとなり、中型・小型ショベルには軽量・コンパクトで始動と停止も容易な電動式が用いられるようになっていた。


50Kも動力には電動式を採用。バケット容量1.5m3、重量75tで、米ビサイラス社のショベルを参考に、6年の歳月をかけて開発された。そして、神戸製鋼所がこの50Kの売り込みを図ったのが、南満州鉄道(満鉄)であった。


満鉄は満洲(現在の中国の東北地区)で鉄道事業や製鉄業、炭鉱開発、ホテル事業など幅広い事業を繰り広げていた国策会社で、折しもこの時期、奉天(現・瀋陽)に保有していた撫順(ぶじゅん)炭鉱に多数の電気ショベルを導入する計画を立てていたのである。


満鉄は国産品を信用せず、はじめは50Kの採用を渋ったというが、性能試験と検査を好成績で通り、正式採用の運びとなった。その後、神戸製鋼所のショベルは「120K」(バケット容量3.05m3)、「200K」(同4.0m3)とシリーズ化され、1943(昭和18)年までに合計16台が撫順炭鉱に納入された。日本国内でも、鉱山、セメント会社、海軍建築部などに多数納入されている。




第2次世界大戦を機に国産建機の開発が活性化

日本の建機産業が本格的に育ち始めたのは、1939(昭和14)年、ドイツのポーランド侵攻から始まった第2次世界大戦がきっかけであった。


戦争に備えた資源開発が進められるようになり、ブルドーザー、トラック、ダンプカーなどへの需要が高まっていったのである。また、建設・土木各社は軍への協力体制の強化を求められ、国内および中国大陸、南方占領地における軍用施設、軍需工場、飛行場などの建設に従事。それらの現場でも建機は盛んに使用された。




飛行場建設のために、国産ブルドーザーの元祖「G40」を製作

1941(昭和16)年12月、日本軍が真珠湾を攻撃し、アメリカとの本格的な戦争へと入っていった。それから2年ほど経った1943(昭和18)年、コマツ(小松製作所)が開発したのが、日本のブルドーザーの元祖となった「G40ブルドーザー(小松1型均土機)」だ。


G40ブルドーザーの原型は、同社が1932(昭和7)年に開発した「G25トラクター」である。国内では民間初の農耕用トラクターで、ガソリンエンジンを搭載していた。次いでトラクター需要の増大を見越して開発されたのが、より牽引力の大きい「G40トラクター」で、満洲の国際トラクター競演会では、建機先進国の製品に勝る性能を示したという。


コマツの「G25トラクター」(画像提供:コマツ)コマツの「G25トラクター」(画像提供:コマツ)


そのコマツに、1943(昭和18)年、海軍から「飛行場建設のためのブルドーザーを開発せよ」という命令が出された。それも、1カ月という期限の付いた緊急の命であった。


トラクターのフロントに土工板(ブレード)を付け、土を削る、押す、ならすなどの作業を可能にしたものがブルドーザーである。コマツは既存のG40トラクターをかき集め、大急ぎで設計した油圧装置とブレードを装着し、命令通り1カ月でG40ブルドーザーを完成させた。


コマツの「G40ブルドーザー(小松1型均土機)」(画像提供:コマツ)コマツの「G40ブルドーザー(小松1型均土機)」(画像提供:コマツ)


重量は5.5t。当時、米国製などのブルドーザーはケーブル式が主流の中、油圧式で作動するG40は非常に画期的だった。小型ながら優れた性能を有し、終戦までに約200台がつくられた。そのうち最初の6台はアラスカのアッツ島に送り込まれ、その後はフィリピンなどでも使用されている。


なお、フィリピンで稼働していた1台が、1979(昭和54)年、35年ぶりに日本に帰還し、話題になった。終戦後、米軍によって海中に投棄されたものが引き上げられ、オーストラリアの農場で使用されていたのだ。同機は2007(平成19)年に日本機械学会の「機械遺産」に認定され、現在は静岡県のコマツテクノセンタで保存されている。




戦後は制度も整備され、本格的な機械化施工の時代へ

1945(昭和20)年8月、第2次世界大戦が終結した。


戦後の復興を目指す日本で急務となっていたのが、荒廃した国土の再生、食糧確保、住宅開発などであり、それらを支えることが建機業界にとっての重要な使命であった。建機メーカーにとって、そのための生産体制づくりに追い風となったのが、下記に示す行政の制度や方針、新たに開設された機関だった。


■戦災復興院の設置(1945年11月)

内閣総理大臣の管轄下に設置。戦災地での市街地造成、住宅の建設・供給などの復興計画を進めた。


■緊急開拓事業実施要領の発表(1945年11月)

食糧増産を目指し、農林省(現・農林水産省)が主導。目標達成には機械化による開墾が不可欠で、建機メーカーの生産再開のきっかけにもなった。


■建設省の設置(1948年7月)

現在の国土交通省。省の予算に「建設機械整備費」が設けられていたことから、GHQ払い下げ建機の購入や、国産機械の開発育成が活性化。


■国土総合開発法の制定(1950年5月)

国土の利用・開発・保全などにまつわる法律。建設の機械化による施工の経済性と工期短縮も重要な課題となっており、社団法人建設機械化協会(現・一般社団法人日本建設機械施工協会)も誕生。


こうした時期を経て、1952(昭和27)年の「建設白書」には、「機械化施工の進歩に伴い、各メーカーとも土木機械の性能の向上と試作改良に努力し、ブルドーザー、パワーショベル、モーターグレーダーなどの主要建機の性能、稼働率ともにようやく安定の域に達し、量産に移行し得る段階となった」と記述されている。


さらに、1952年の9月には年々増加する電力需要に応えるために電源開発株式会社 (J-POWER)が設立された。以降、大規模ダムなど各地で発電所づくりが活性化し、大型建機が必要とされる場もますます広がっていく。



取材協力(敬称略):一般社団法人日本建設機械工業会、コベルコ建機日本株式会社、株式会社小松製作所


主要参考資料:「日本建設機械工業会30年の歩み」(一般社団法人日本建設機械工業会、2020年)、「写真で読み解く 世界の建設機械史 蒸気機関誕生から200年」(大川聰、三樹書房、2021年)、「コマツ 100年の歩み」(株式会社小松製作所、2021年)、「コベルコ建設機械ニュース 特集 Topics90 ―コベルコ建機の軌跡―」(コベルコ建機日本サイト内)


※記事の情報は2023年12月25日時点のものです。

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