2026.07.22

みえないはずの鉄筋の劣化を数理によって透視。異常を映像化する「非破壊検査システム」が変える維持管理【建設業の未来インタビュー⑲】 コンクリート構造物の維持管理では、外からはみえない鉄筋の破断や腐食を、正確に把握する必要があります。株式会社 Integral Geometry Science(IGS)が開発した「鉄筋破断・腐食非破壊検査システム」は、構造物表面で電磁場の分布を計測し、コンクリート内部の鉄筋劣化やクラックを映像化するという画期的な技術。その核心にあるのが、応用数学上の超難問とされてきた「波動散乱の逆問題」を正しく解くための数理です。みえないものを透視する技術について、IGS代表取締役の木村建次郎(きむら・けんじろう)氏にお聞きしました。

写真:赤澤 昂宥

みえないはずの鉄筋の劣化を数理によって透視。異常を映像化する「非破壊検査システム」が変える維持管理【建設業の未来インタビュー⑲】

「波動散乱の逆問題を正しく解く」ことが技術の核

――「鉄筋破断・腐食非破壊検査システム」とは、どのような技術なのでしょうか。


簡単に言えば、コンクリートの中にある鉄筋の状態を、構造物を壊さずにみるための技術です。コンクリート構造物の内部は、外からはみえないけれど、鉄筋が腐食していたり、破断していたりする可能性がある。そうした状態を、表面で得られる情報から画像化していきます。この技術の核となるのが、「波動散乱の逆問題を正しく解く」ことです。


未解決だった「波動散乱の逆問題」を解明したことから「和製エジソン」の異名を持つ


――「波動散乱の逆問題」とは何か、分かりやすく説明していただけますか。


まず「波動散乱の逆問題を正しく解く」ことは、可視化するという全てにつながっています。どういうことかと言えば、ものをみるときには3つの要素があります。光を出すもの、光を跳ね返すもの、その跳ね返った光を受け取るものです。カメラで言えば、フラッシュをたいて、フラッシュの光が被写体に当たって跳ね返り、跳ね返ってきた光をカメラがキャッチすることで、像が映し出されます。


「波動散乱の逆問題」は、まさにその関係性と一緒で、外側からはみえない内部に波動を送り込み、その内部にある対象物に当たった波動の跳ね返りを、外側で観測します。その波動から得られる情報を逆算して内部の対象物の映像をつくり出す。このプロセスが「波動散乱の逆問題」といわれ、応用数学史上の未解決問題とされてきました。その「波動散乱の逆問題」を数理として解決することで、「みえないものをみる」ことを可能にしています。


応用数学上の超難問といわれる「波動散乱の逆問題」を10年の歳月をかけて解明した(写真提供:IGS)


――これまでもレーダーを当てるなどの非破壊検査はあったかと思います。それらと比べ、「波動散乱の逆問題」を正しく解くことで何が変わったのでしょうか。


従来は、この逆問題を正しく解けていませんでした。これまでは、みえなくても「内部はこうなっているのではないか」というモデルを想定していました。そのモデルをコンピューター上でつくり、「こうした光を当てたらこういう光が跳ね返ってくるだろう」という計算をします。もちろん、それも想定なので実際と計算が合わないからモデルを少しずつ修正していくのですが、これにすごく時間がかかっていました。


しかも、最初に想定したモデルが現実と大きくずれていると、答えがなかなか本物に近づかない。本当は棒のような形なのに、最初に星形のようなモデルを想定してしまうと、そこから正しい答えにたどり着きにくい。細かい構造にしたモデルほど返ってくる光も特徴的になるので、合わせづらくなることもあります。そうすると、結局はぼやっとした画像になってしまうんです。


――最初に想定したモデルの計算に、結果が引っ張られてしまう可能性があるということですね。


そうです。例えば、波をキャッチするためにどこにセンサーを置いたのか、どの位置から測ったのか、どのように動かしながら計測したのか。そうした条件を無視して計算すると、本当は来ていない信号まで「来たこと」になってしまう可能性がある。


だからIGSでは、センサーの位置や座標、計測の条件を含めて逆問題を解きます。そこをきちんと扱うことで、無駄な情報を減らし、虚像を抑え、実際の内部構造に近い画像へ持っていこうとしているわけです。つまり、「逆問題を正しく解く」ことは、想定ではなく数理として正しく扱うこと。そうすることで、表面で得られた情報から、内部にどのようなものがあるのかが分かります。鉄筋破断・腐食非破壊検査システムで言えば、鉄筋のどこに破断や腐食、クラックといった異常があるのかを映像化することができます。


IGSの研究所にある鉄筋破断・腐食非破壊検査システムの研究装置


――鉄筋破断・腐食非破壊検査システムの場合は、具体的に何を捉えて内部を調べて可視化しているのですか。


このシステムでは、破断や腐食の場合はコンクリート内部の鉄筋が発する電磁場の分布を、またクラックの場合は電波を当てその跳ね返りを構造物の表面で計測します。そこで得た情報をもとに、鉄筋や壁のどこに破断や腐食、クラックがあるのかなど、その状態を診断するんです。


みえないものを可視化することで言うと、IGSが開発した乳がんを検査する「マイクロ波マンモグラフィ」では、文字通りマイクロ波を使ったりもします。


水道管の問題をどのように地表から検査するかを解説した計算式




センサーを乗せ車両を走らせるだけ。作業の効率化・省力化を実現

――鉄筋破断・腐食非破壊検査システムは、実際にどのような現場で使われていますか。


対象はかなり幅広いです。トンネルの壁、地面の下にある空隙、電線、水道管、高層マンションの壁の内部、水力発電所の導水管の裏側の腐食、ダムの中のひび割れなどがあります。共通しているのは、外からはみえないけれど、壊して確認するのは難しいということです。


鉄道トンネルであれば、電車や検査車両にアームを付けて、その先のアンテナやセンサーで壁の中から得られる電磁波の情報を読み取るイメージです。走らせながら測定するだけですので、打音検査のように場所を移動しながら行う必要もありません。


――従来の検査方法と比べると、作業の時短・省力化につながりますね。


そうですね。従来は、鉄道トンネルの検査では足場を組んで、高所に登って壁をこんこん叩く打音検査や、必要ならコンクリートを削り出して確認するコア抜きという検査をしていました。インフラの点検現場では、高いところで作業することもあり危険です。だからこそ、車両を走らせて一気に壁の内部を検査できるようになる意味は大きいですね。


検査時間を短縮できる点も大きなメリットです。現場にもよりますが、車両自体は時速10kmほどで走らせて検査することもあり、かなり短い時間で検査を進められます。検査自体は1kmほどのトンネルなら10分程度で終了します。


――逆に、難しい対象はありますか。


平らなものや、単純な円形・円筒形のものは比較的検査しやすいですね。橋、道路、トンネルのような対象は、計測しやすい部類です。一方で、凸凹が大きい複雑な形は計測に工夫が必要です。


その主因は、センサーを対象にどう沿わせて機械を動かすか、設計する必要があるという点が大きいです。表面が複雑になるほど、センサーや機械のつくり込みに時間もコストもかかります。




出発点は半導体。「みる技術」は「つくる技術」へつながる


――そもそも先生がこの研究に取り組むようになったきっかけを教えてください。


出発点は「半導体をみる」ことでした。京都大学では、半導体の内部構造を調べる顕微鏡(非破壊検査装置)が、僕の博士論文のテーマでした。


――半導体の非破壊検査が、インフラの非破壊検査につながっているのですね。


はい、そうです。当時、恩師から言われたのが、「つくることも大事だけれど、つくったものがどのようにできているかをみることのほうがもっと大事」ということでした。僕はその言葉がずっと心に残っています。


「みることを突き詰めることが大切」と説く木村氏


みる技術は、必ずつくる技術へ変わっていきます。より小さく、より性能の良い半導体をつくるためには、まず中がどうなっているかをみて、分析できなければいけない。正確にみて原理を知ることで、今度はその原理を使ってより良いものをつくることができると考えています。


インフラでも同じです。補修や更新の前に、まず内部がどうなっているかを壊さず把握しなければならない。だから僕にとって、非破壊検査は点検の補助ではなく、次の維持管理の質を決めるための基盤技術なんです。


――この数理は、建設分野以外にも広がっているのでしょうか。


はい。みえないものを可視化するという意味では、対象が変わっても考え方は共通しています。IGSで開発している、発火の危険性のあるリチウムイオン蓄電池の短絡箇所を透視するシステムも、X線を使った従来の乳がん検診における痛みや被曝のリスクといった課題を解決する「マイクロ波マンモグラフィ」も、基本にあるのは同じで、それぞれみたいものをみるための問題を正しく解くことが核になっています。


リチウムイオン蓄電池の磁場を測定し、発火リスクがある電池内部の電流が集中する異常箇所を判別していく


表面で得られる情報から、内部で何が起きているのかをどう復元するか。その問題を解くことが重要になります。対象は違っても、みえない内部を可視化するために、波や電磁場の情報を数理で読み解くという考え方は共通しています。




現場で使える速度で計測できる技術が必要になる

――最後に、この非破壊検査システムは、建設業の未来にどのような意味を持つと考えていますか。


これからのインフラ維持管理では、壊れてから対応するのではなく、壊れる前に内部の状態を把握することが重要になります。そのためには、みえないものをみえるようにする技術が必要です。ただ、画像を出せばいいという話ではありません。データを得るまでに、時間をかけずに計測できること、危険な場所での作業を減らせること、得られた画像が高精度に維持管理の判断に使えること。そこまで含めて、初めて意味があります。


僕らがやっているのは、単なるセンサー開発ではありません。表面に現れた情報から、内部の状態をどう正しく読み解くか。その理論を、実際に現場で使える技術として実装することです。みえないものが、みえるようになることで、補修や更新の判断が変わる。さらに、その「みる技術」は次の「つくる技術」にもつながっていく。そこに、この技術の価値があると思っています。


※記事の情報は2026年7月22日時点のものです。

【PROFILE】
木村建次郎(きむら・けんじろう)
木村建次郎(きむら・けんじろう)
神戸大学 数理・データサイエンスセンター教授、株式会社Integral Geometry Science(IGS)代表取締役
1978年、岡山県生まれ。2001年、京都大学工学部電気電子工学科卒業。 2006年、京都大学大学院工学研究科博士課程修了(博士・工学)。2012年には、10年の歳月をかけて応用数学史上の未解決問題である「波動散乱の逆問題」を世界で初めて解決することに成功し、株式会社 Integral Geometry Science (IGS) を設立。2018年に神戸大学数理・データサイエンスセンター教授に就任(現職)する。内部の構造や状態を透視する技術を用い、マイクロ波マンモグラフィ、蓄電池非破壊画像診断システムなど、様々なソリューションを開発してきた。
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