インタビュー
2024.11.06
「低画質×高頻度」のデータでインフラの異常を効率良く見つける【建設業の未来インタビュー⑮ 前編】 インフラの点検を効率良く進めるには、どうすればいいか。施設管理者の悩みは深い。各種サービスが乱立する中、「低コスト×高精度」をうたうのが、東京大学発のスタートアップであるアーバンエックステクノロジーズ(東京都中央区)が提供する、AIによる道路維持管理サービス「RoadManager(ロードマネージャー)」です。発想の原点は、「シチズンサイエンス(市民科学)」という考え方。低画質でも高頻度に収集可能なデータを基に、異常を確実に発見します。前編では、「コンセプトで差別化を図りたい」と強調する同社代表取締役社長の前田紘弥(まえだ・ひろや)氏に、提供サービスのコンセプトを中心に聞きました。
文:茂木俊輔(ジャーナリスト)
低画質でも高頻度の画像データで、道路の損傷を確実に検知
――東京大学発のスタートアップとして2020年4月に設立されています。学生時代の研究を基に起業しようと考えていたのですか。
たしかに、いまのビジネスは学生時代の研究成果を基にしていますが、学生時代から起業を目指していたわけではありません。その社会実装には取り組みたいと思っていたので、大学院修了後、民間のシンクタンクでその思いを実現する道を選びました。ただ、研究成果には賞味期限があると感じていたので、「実現するなら早いうちがいい」という判断から起業を決意しました。
――社会実装することを考えていた研究成果とは、どのようなものですか。
道路の損傷を画像処理で検知する仕組みです。例えばドライブレコーダーのように、まちなかにたくさんあるカメラから、低画質でも高頻度の画像データを収集します。それを基に高精度の点検を実現するシステムを提案したものです。同じ路面上の損傷を検知しようとするとき、画像データが1000枚あれば、画像データが1枚しかない場合に比べ、より確実に損傷を検知できます。
――それは、なぜですか。
画像データがたくさんあるほど見逃しや見誤りを避けられるからです。例えば路面に穴が開いているとしましょう。穴の上を車両が走行していたら、後ろの車両に搭載されているドラレコの録画画像には、穴は記録されません。画像データ1枚では見逃しが発生してしまいます。ところが別の車両に搭載されているドラレコの録画画像には、穴は記録されている。画像データがたくさんあるほど、見逃しは避けられるのです。
見誤りを避けられるのも、理屈は同じです。晴天時、路面上に木の影が落ち、ひび割れに見える場合を想定しましょう。ドラレコの録画画像では、ひび割れと見誤ります。ところが曇天時には、木の影は消えるため、ひび割れはなかったことがはっきりします。画像データがたくさんあると、正誤を判断しやすくなるのです。
――点検のコストを考えれば、「高画質×低頻度」か「低画質×高頻度」のどちらかです。検知の精度を求めれば、おのずと「低画質×高頻度」になる、ということですね。
そうですね。もちろん、画質が高いに越したことはありません。ただ、どの程度の精細さが求められるのか、そこを見極めないと、コストばかりかさみます。点検の目的は、道路上の事故を防ぐこと。そのため、路面に穴が開いていれば、できるだけ早くそれを埋めようとするわけです。穴の存在が分かる程度の画質であれば、十分です。
市民みんなでデータを収集する
――そもそも研究に取り組むきっかけになったのは、千葉市が2014年8月に正式運用を始めたスマートフォン用アプリケーション「ちばレポ(My City Report)」とお聞きしました。道路の陥没など地域の問題を写真や動画で投稿してもらうものです。その内容をWeb上で公開し、問題の可視化を通じて解決を図ることを目的に掲げていたのですよね。
はい。運用開始から2年たったところで、システムの改良について大学側に相談が持ち込まれ、全国の自治体で利用できるオープンソースのシステムに改めようと研究に取り組み始めました。ただ、研究内容の充実を図るため、そこにさらに、先ほど申し上げた道路の損傷を画像処理で検知する仕組みの開発も加えたのです。
共通のコンセプトは、「シチズンサイエンス(市民科学)」と呼ばれる発想です。データの収集は市民みんなでやろう、と。道路の損傷を効率的に検知するツールはほかにもたくさんあります。そうした競合とは、私たちはこのコンセプトレベルで差別化することを意識しています。いまの点検手段の代替ツールを開発したいわけではありません。みんなが収集した「低画質だけど高頻度」の画像データから、どれだけ高品質のアウトプットを得られるか――。そこを、第一に考えています。
――そうしたコンセプトを社会に広め、地域の問題解決を図ろうと、「My City Report(MCR)コンソーシアム」を、2019年4月に立ち上げています。
先ほど申し上げたように、千葉市から「ちばレポ」のシステム改良について相談が持ち込まれたのをきっかけに、大学では2016年度以降、研究活動を行ってきました。それと並行して検討会や準備会を重ね、コンソーシアムの立ち上げに向けた活動も進めてきたのです。
研究活動は国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)や東京都の委託研究という枠組みの中で進めてきたので、成果を社会に還元するためのプラットフォームという位置付けです。私たちは会社設立後、研究受託機関である国立大学法人東京大学や一般社団法人社会基盤情報流通推進協議会(AIGID)と共に、事務局の一員としてコンソーシアムの活動を支えています。
現在は、法人会員は置かず、国・自治体会員を置くだけです。会員数は2024年9月現在、4都県34市区村。自治体会員は、私たちが提供するサービスを広める相手先であると同時に、新サービスの研究開発を共に進める仲間でもあります。
――「シチズンサイエンス」のように、市民の力を結集することで地域の問題を解決していくという考え方は、この間、広まってきたとお考えですか。
広がってきたと思います。この考え方自体は、何もいまに始まったものではありません。代表的なものでは、道路の維持保全にあたる「道守(みちもり)」という活動などがあります。地域の共有財産を地域の住民が守るという考え方は、ごく普通のことだと思います。
――なるほど、たしかにそうですね。今回の前編では、提供サービスのコンセプトを中心にお聞きしました。次回の後編では、具体的なサービス内容をお聞きしていきたいと思います。どうもありがとうございました。
※記事の情報は2024年11月6日時点のものです。
- 前田 紘弥(まえだ・ひろや)
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻修了。株式会社三菱総合研究所を経て、株式会社アーバンエックステクノロジーズを設立。独立行政法人情報処理推進機構が展開する「未踏アドバンスト2020」、雑誌「Forbes」が表彰する「30 under 30 Asia 2021」に選出。博士(工学)。
〈後編〉(11月13日公開予定)へ続く