インタビュー
2025.01.09
兵庫県立東播工業高校が取り組むユニークな課題研究「ファブラボ」。文化財を3Dレーザー測量し、MRを制作【建設業の未来インタビュー⑯ 前編】 兵庫県加古川市の県立東播工業高校は、建設分野でユニークな教育を実践しています。そのひとつが、希望する生徒たちが自主的に課題研究に取り組む「建築科ファブラボスタジオ」(以下、ファブラボ)。その活動をご紹介するとともに、担当教諭の大歳浩功(おおとし・ひろのり)先生に、ファブラボを立ち上げたきっかけや生徒に伝えたい思いについて聞きました。
文:三上美絵(土木ライター)
「DXハイスクール」に採択されて最新機器を導入
2024年に創立60周年を迎えた東播工業高校。「健やかに 伸びよう 汗だして」の理念を掲げ、実践的なものづくり教育による産業人の育成を目指しています。
同校は2021年度に文部科学省の推進する、最先端の職業教育を行う「スマート専門高校」、2024年度には同省の「高等学校DX加速化推進事業(DXハイスクール)」に採択されました。この事業の狙いは、デジタル化対応装置の環境を整備して最先端の職業教育を行い、Society5.0*1時代のDX(デジタルトランスフォーメーション)に対応した、地域の産業界を牽引する職業人材にすることです。
*1 Society5.0:内閣府が提唱。サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会のこと。
スマート専門高校やDXハイスクールに採択されたことで、同校は3Dレーザースキャナーなど最新鋭のデジタル機器を整備。ファブラボではこれらの機器を活用し、地元の古墳や文化財の建築物を3Dレーザー測量する体験実習を実施しています。
さらに、測量で得られた3次元点群データを基に、CNCルーター(コンピューターで数値制御された切削機)や3Dプリンターで古墳築造当時の復元模型を作成するとともに、MR(複合現実)*2による模型展示空間を制作しました。
*2 MR(複合現実):「Mixed Reality(ミックスド・リアリティ)」の略称。現実空間の形状をMRゴーグルが認識(空間マッピング)し、仮想オブジェクトであるホログラムをディスプレイに投影して、現実空間上に可視化する技術を指す。
現在、ファブラボに参加している生徒は1年生が5人、3年生が12人の計17人。1年生でもこうした最新機器を使いこなし、MRやVRを使った体験会の実施やプレゼンテーションにもチャレンジしています。
ファブラボに参加している建築科1年の内藤夢さんは、オープンハイスクール(中学生と保護者を対象とする見学会)のときに体験したVRに魅力を感じて同校に入学。「これからの時代に残っていく建物をつくりたいという目標を持っているので、将来、建築業に就くのに役立つと思います」と話します。
同じく建築科1年の森奨さんは今年10月、栃木県で開催された全国産業教育フェアに参加し、VRを使ってプレゼンテーションをしました。「人前で話すことは、良い経験になりました。これまで、地元に文化財がたくさんあることを知らなかったのですが、保存のために自分たちが測量したデータが役立つのはうれしいです」と手応えを得た様子。
生徒たちに大人気のMRやVR制作
建築って面白いし、かっこいいと伝えたい
――大歳先生がファブラボを立ち上げたきっかけについて教えてください。
私自身この学校の卒業生で、10年前に赴任したとき、自分が在校していた40年前とほとんど同じ教育内容であることに愕然(がくぜん)としました。実業界で即戦力となれる人材を育成するために、どんどん新しいことをやってみたいと思ったことが、きっかけです。
ちょうど3Dプリンターなどが話題になり始めた頃でしたが、なかなか導入には至らず、他校のレーザー加工機を借りて、当時開院したばかりの加古川中央市民病院のロビーに展示する模型を制作したのが、ファブラボの最初の活動でした。
――スマート専門高校やDXハイスクールに採択されてから、状況は変わりましたか。
最新の機器が一挙に増えましたね。まず3Dレーザースキャナーとレーザー加工機が入りました。ただ当初は、「使い方」は割とすんなり分かったものの、「使い道」が分かりません。手探りで検討するなかで、文化財の記録や映像化というテーマが浮上しました。
――3Dデジタル機器を教育に活用する用途を探すうちに、文化財に行き着いたわけですね。
そうです。たまたま老朽化した旧加古川図書館の存廃が議論されていたので、レーザー測量を市に提案しました。3D レーザースキャナーを使用して図書館の外観と内部を詳細に測量し、数億点に及ぶ点群データを取得。建物全体の精密な3Dデータを作成し、デジタルアーカイブとして保存することができました。
そのうちに「東播工業が面白いことをやっている」という噂が市の文化財調査研究センターの学芸員の耳に入り、少年自然の家に移築・復元されている江戸時代の民家をレーザー測量させてもらうことになりました。そこから、国指定史跡の西条古墳群に位置する「尼塚古墳(あまつかこふん)」の測量実習にも発展したのです。
――東播工業に赴任される前は、何をなさっていたのですか。
東播工業の建築科を卒業して、大阪でショップインテリア関係の仕事をした後、イギリスに渡って建築を学び、王立英国建築家協会のパート1資格を取りました。イギリスには足掛け7年くらいいましたね。
帰国後しばらくはフリーターというかフラフラして(笑)、そろそろ就職しようかと思っていたときに、京都の専門学校から「面白い経験をしているから、学生に話を聞かせてほしい」と声がかかりました。そこで初めて、建築業界を目指す子どもたちに出会いました。
――建築科の生徒たちと接してみて、いかがですか。
大きなギャップを感じましたね。自分の世代はそれこそがむしゃらに働きましたし、「一旗揚げよう」と気概を持って海外へ渡る人も多かった。しかし、今の子は「普通の家庭が持てればそれでいい」と言う。就職先選びも「週休2日、平日は夕方5時まで」が最優先。夢を持てない環境になっているんだな、と思いました。
せっかく建築科を卒業しても、建築の仕事には就かずに製造業など他業界へ行ってしまうのも歯がゆく感じていました。建築ってもっと面白いし、かっこいいんだ、と伝えたいです。
――ファブラボの生徒たちは楽しそうです。
最近はゲームを好きな子が多くて、MRやVRにはのめり込みますね。自分でつくりたいと、自発的に本を買って勉強しています。僕よりもプログラミングが上手な子もいて、やっぱり自分からやりたいと言って取り組むと、伸びるのも速いですね。最近は少しずつ、本当にやりたいことを探そうとしている生徒も増えてきて、うれしく思います。
――東播工業高校では最新デジタル機器が導入されたことで、生徒たちの意欲や自発的な取り組みが促されたようです。後編では授業のカリキュラムの一環として、建築科・土木科合同で行っている測量体験学習の様子をお伝えします。
※記事の情報は2025年1月9日時点のものです。
- 兵庫県立東播工業高等学校
兵庫県加古川市に1964(昭和39)年創立。「健やかに 伸びよう 汗だして」の理念のもと、実践的な「ものづくり」による専門知識・技能を備え、向上心を持って主体的に行動し、ふるさと兵庫の産業の発展に貢献できる人材を育成することをスクールミッションとしている。
公式サイトhttps://www.hyogo-c.ed.jp/~toban-ths/
〈後編〉(1月15日公開予定)へ続く