2024.10.02

人と自然、土木の豊かな関係性を再認識できる「自然災害と土木‐デザイン」─星野裕司さん【自著を語る⑧】 「自著を語る」では、土木や建築を愛し、または研究し、建設にまつわる著書を出されている方に、自著で紹介する建設の魅力を語っていただきます。第8回は「自然災害と土木‐デザイン」の著者である、熊本大学工学部土木建築学科の星野裕司(ほしの・ゆうじ)教授にお話をうかがいました。「土木は人と自然をつなぐインターフェース」と説く星野先生。その豊かな関係性を知ると、防災のための構造物である土木が、人々の暮らしと密着したものであることをより実感できます。

人と自然、土木の豊かな関係性を再認識できる「自然災害と土木‐デザイン」─星野裕司さん【自著を語る⑧】

人と自然をつなぎ合わせる土木

──教授という立場にありながら、かなり現場寄りの内容となっていますが、本書をつくることになった経緯を教えてください。


熊本大学という地方大学に勤めていることもあって、大学の教授でありながら、土木デザインや景観デザインという仕事で現場にも携わるチャンスをいただいています。大学人として、研究者としてそういうチャンスをいただいている以上、いいものをつくるのは大前提として、土木デザインという仕事をしっかりと考察することも責任のひとつと考えていました。


実際に書籍にしたいと思い、動き出したのは2020年くらいのことです。コロナ禍だったこともあり、ここら辺で自分のやってきたことを根詰めて考え、まとめたいと思うようになりました。


農山漁村文化協会(農文協)という出版社に知り合いの編集者がいて、私から声をかけさせてもらいました。あまり土木ジャンルの本を出さない出版社なのですが、土木という専門性の高いテーマながら、専門家だけでなく、一般の人にも読んでいただける内容にまとめられたのは、農文協さんのおかげだと思います。


星野裕司


──本書を通じて、読者に伝えたいのはどんなことですか。


土木を「人間と自然をつなぐインターフェースと捉えよう」ということが一番のメッセージですね。特に本書では、防災などに関わる土木について書いています。土木事業というのは、「ここからこっちは人間の暮らしだから、自然は入ってこないでね」という、極端にいえばバッサリと"境界線を引く"ものになりがちです。けれど、その"境界線を引く"ことに意味があるんです。


例えば、熊本市内を流れる白川の「緑の区間*1」に河川と遊歩道を隔てる柵があるのですが、その柵、つまり境界がとても重要になります。柵がないと、落ちる可能性があるから川に近寄るのが怖くなる。しかし、そこに柵があることで、遊歩道としてのんびり歩いたり、柵に寄りかかったりしながら、くつろいでお話ししたりできるようになります。


*1 緑の区間:熊本市を流れる白川のうち、明午(めいご)橋から大甲(たいこう)橋までの全長約600mにあたるエリア。星野先生の景観デザイン研究室が白川の河川改修事業を担当し、2015年度グッドデザイン賞を受賞した。


白川沿いの柵に手をかける星野裕司白川沿いの柵に手をかける星野先生


柵という土木構造物は、一般的に人間と自然を分断するものと思われがちですが、そうではなくて柵があるからこそ人間は、白川という自然を意識し、それに寄り添えるようになる。つまり、土木構造物という境界が、人間と自然の豊かな付き合いを生む大事な場所になります。


大甲橋から見る白川の「緑の区間」大甲橋から見る白川の「緑の区間」。市民の憩いの場としてもなくてはならない存在




土木を通して再発見できる地域の魅力

──土木デザインにおいて、星野先生が大切だと考えることは何でしょうか。


建築の世界にリノベーションという言葉がありますが、土木事業は常にリノベーションです。何かしらの土木施設をつくるとき、その背景にはこれまでの人の暮らしや自然の営み、歴史が必ずあります。土木施設はその延長線上につくられますから、人間と自然をつなぐインターフェースという点で、それらを無視してつくることはできません。


暮らしの身近にある土木や土木施設は、自然や歴史、地域の背景と密接に結びついています。私が考える土木デザインには「人と自然の境界線でありながら、双方を結びつけるためのもの」というメッセージを落とし込むようにしていますね。ですので、土木を通して皆さんが地域のことを見直すきっかけになってもらえたら、すごくうれしいですし、そうでなければいけないとも思っています。


星野裕司


──土木を通して、歴史や地域そのものを知ることにもなるのですね。


そうしたことは特殊な話ではなくて、分かりやすい例としてNHKで放送されていたテレビ番組「ブラタモリ」があげられます。タモリさんが街に残されたさまざまな痕跡に出合いながら、街の新たな魅力や歴史・文化などを再発見するという内容で、土木の認知拡大につながっています。実は、土木学会では、タモリさんを表彰しようなんていう話もあったと聞いたことがあります(笑)。


熊本でいうと、下通(しもとおり)*2という市内で一番大きな繁華街が分かりやすい例ですね。実は下通一帯はその昔、白川が流れていた場所で、白川はかつて今の市役所あたりで坪井川と合流していたんです。それを江戸時代に加藤清正が治水事業を行い、今の白川の形にしました。だから、下通一帯は周辺より少し地盤が低くなっているんです。土木の観点から土地を見ると、地域の見方や愛着も変わってくると思います。


*2 下通:熊本市中央区に位置するアーケード商店街を中心とした繁華街。


白川白川の「緑の区間」は市民の憩いの場として、ナイトマーケット「白川夜市」などのイベント会場としても活用される




土木事業は災害を防ぐと同時に人々の暮らしを豊かにするもの

──本書は、どんな方に読んでほしいですか。


一番は、一緒に仕事に携わっている方だったり、頑張っている仲間だったり、土木に関わる方たちですね。特に土木技術者の場合、少し職人気質なところがあると個人的に感じていて、淡々と作業をこなして仕事をしているイメージがあります。それはもちろん素晴らしいのですが、実は人と自然をつないだり、暮らしをより豊かにしたりする仕事であることを知っていただけたらうれしいです。


自治体の防災関連の土木事業に関わる場合は、行政の皆さんに景観研修などで「自分が携わった現場に家族を連れて行ってください」とお話ししているんです。家族を連れて行くと、自分が大事だと思っていた"防災"という点とは異なるところに、家族は反応したり、魅力を感じたりしてくれます。


土木事業である以上、堤防をつくって洪水の頻度を減らしたり、新しい道をつくってどこかへ行くのが5分速くなったり、そうした部分は大切です。しかし、それ以上に土木は人々を豊かにできる仕事だということに気づいてもらえるといいですね。


星野先生の研究室に飾られたグッドデザイン受賞トロフィー星野先生の研究室に飾られたグッドデザインの受賞トロフィー。2015年度に白川の「緑の区間」、2022年度に天草市の「﨑津・今富の文化的景観整備」がグッドデザイン賞を受賞している


──読みやすくするために工夫されたことはありますか。


白川の「緑の区間」「曽木の滝分水路」など、自分が手掛けた事業を例にして各章を書かせていただきました。事業例を各章の真ん中に持ってきて、前後を文献などから引っ張ってきたセオリーやロジックで挟み、サンドイッチのような形にして書き進めました。


読者に一番具体的に伝えられる部分は、もちろん自分が手掛けた事業の部分になります。紀行文といいますか、ひとりの小さな男が土木事業という旅を通じて大人になっていくような形で、読者に成長を感じてもらえるように書いています(笑)。


ただ、土木というテーマでも、専門家や関係者以外の方にも興味を持ってほしかったので、皆さんが知っているような映画や小説などに登場する土木の話を絡めながら、自分の考える土木の哲学に落とし込むように心がけました。


──読者からはどんな反応がありましたか。


街づくりの事業で一緒になる女性が、音訳*3のボランティアをされているのですが、音訳で本書を読んでくださったときは、すごくうれしかったですね。「土木って面白いな」と思っていただけたなら、この本をつくったかいがあります。


*3 音訳:視覚に障害がある方のために、書籍などの活字情報を音声にして伝えること。


星野裕司




土木は人生の一部にもなりえる

──星野先生は大学で景観デザイン研究室も開かれていますが、先生が考える土木デザインと景観デザインの違いは何でしょうか。


景観デザインは、土木デザインに比べて、見た目や見映えをどう整えるかというニュアンスが少し強くなってくると思います。景観というのは本来、ドイツ語の「Landschaft(ランドシャフト)」という言葉の翻訳で、「Landschaft」という言葉には見映えだけではなく、環境的な意味合いも含まれています。「景域」と訳される方もいるのですが、やはり見た目や装飾といった意味合いが強いかもしれません。


私は熊本駅や熊本城近くの花畑(はなばた)広場など、景観デザインの仕事にも幅広く関わらせていただいています。景観デザインは、「どのようにしたら人々が気持ちよく過ごせるか」という視点が重要で、周辺の施設や自然との関係性・調和など、土木デザインよりも、もっと複合的な領域にあります。一方で土木デザインは、防災という意味で自然災害から人々の暮らしを守るという側面が強くなります。そこが大きな違いだと感じています。


「自然災害と土木‐デザイン」は土木学会の出版文化賞を受賞した「自然災害と土木‐デザイン」は土木学会の出版文化賞を受賞した


──最後に、星野先生が考える土木デザインの魅力を教えてください。


例えばアート作品のデザインになると、ある程度その領域に興味がある人しか鑑賞したり、体験したりすることはないと思います。ですが、土木は人々の暮らしと切っても切れない関係にありますから、土木構造物のデザインは誰もが触れるものです。そうしたデザインに関われることは大きな責任もありますが、とても価値が高いと感じています。


河川敷や橋梁、堤防など、暮らしの中に何気なくある土木。昔からそこにあって、意識しないほどに生活に溶け込んでいる土木。皆さんが気づいていないようなところで、その人の人生の一部になれるようなもの、その人の原風景となるようなものをデザインできることに、とても大きなやりがいを感じています。



■自然災害と土木-デザイン

自然災害と土木-デザイン

著者:星野裕司
出版社:農山漁村文化協会
発売日:2022年10月
詳細はこちら


※記事の情報は2024年10月2日時点のものです。

【PROFILE】
星野裕司(ほしの・ゆうじ)
星野裕司(ほしの・ゆうじ)
1971年、東京都生まれ。
1996年に東京大学大学院工学系研究科を修了し、株式会社アプル総合計画事務所入社。その後熊本大学工学部助手を経て、2005年博士(工学)取得。2023年より現職の熊本大学工学部土木建築学科・くまもと水循環・減災研究教育センター教授に就任。専門は景観工学・土木デザインで、社会基盤施設のデザインを中心にさまざまな地域づくりの研究・実践活動を行う。主な受賞に、土木学会論文奨励賞、グッドデザイン・ベスト100、グッドデザイン・サステナブルデザイン賞、土木学会デザイン賞最優秀賞、都市景観大賞など。
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