蟹澤教授の豊洲だより
2022.01.19
【蟹澤教授の豊洲だより②】革新のために業界の体質改善を 担い手不足や現場の高齢化、労働環境など、多くの課題を抱える建設業界。芝浦工業大学建築学部建築学科で教鞭を執る蟹澤宏剛教授は、アカデミックな立場で業界の課題に取り組み、日々、学生と向き合っていらっしゃいます。本連載では、豊洲キャンパスに研究室を構える蟹澤教授が、ご自身の研究や学生たちとの交流などを通して感じていることについて綴っていただきます。第2回は、建設業界を変革するために必要なことについてです。
文:蟹澤宏剛(芝浦工業大学建築学部建築学科教授)
構成:奥野慶四郎(ライター)
他分野や他国の施策をヒントに
持続可能な産業としての確立を目指して、建設業界は技術革新や労働環境の改善に懸命です。週休2日制の定着や労働時間の短縮、ICTを活用した施工実務・施工管理の合理化などを多くの現場で展開しています。
しかし、これまで続いてきた制度や慣習などを改め、皆が生き生きと働ける業界へと変えていくためには、他分野の取り組みや他国の制度・施策にも目を向け、ヒントにすることも重要だと思います。同時に、建設業がもともと持っている良さを、もっと発信していく必要もあるでしょう。
業界が活性化し、一般の人が抱く建設業界のイメージも変われば、担い手の確保にもつながっていくのではないでしょうか。
「3K」はものづくりの宿命
ずいぶん前から、建設業には「3K(きつい、汚い、危険)」のレッテルが貼られ、業界もこれをコンプレックスに感じてきたように思います。しかし、3Kは「現場でものを生み出す仕事」には付き物。建設業特有のものではありません。
例えば、描画中の画家は絵の具で汚れますし、陶芸家だって作品を窯で焼くときはものすごい高温にさらされながら、汗だくで作業します。しかし、そうした労働の中からものを創り出す喜びもあるわけです。
以前、私の研究室で、建設現場で働く人たちを対象にアンケート調査をしたことがあるのですが、仕事に対して「やりがいを感じている」と回答した人は、全体のおよそ8割を占めました。現場仕事だからオフィスでの内勤に比べれば汚れるし汗もかく。しかし、それも仕事の魅力の一部であり、何よりものづくりの喜びや充実感がある――。建設業界は、現場仕事のありのままを見せたうえで、ポジティブな面をもっとアピールすべきでしょう。
もちろん、仕事に伴う「危険」はあらゆる対策を講じて極力排除していく。これは言うまでもありません。
職人をリスペクトする社会風土と仕組み
魅力ある業界への変革に向けて、解決しなければならない課題のひとつが「偽装一人親方問題」です。特定の企業の専属下請けのような形で働く一人親方がいるのですが、雇用側が保険料などを払わなくて済むことにつけ込み、彼らを請負扱いで不当に安く使い続ける悪習です。まずは企業が職人を社員化していくような業界風土を醸成すべく、私も取り組みを進めています。
国外、特に先進国では、職人の雇用を管理したり育成したりする制度が整備されていますので、このような問題は起きにくいと言えます。例えば、アメリカにはユニオンという組合があり、所定のプログラムに沿って育成した職人(ユニオンワーカー)をさまざまな建設現場に派遣するシステムが確立しています。
ユニオンワーカー(以下、ワーカー)は、個々のスキルや能力レベルに応じて労働単価が決められていて、現場単位、月単位、年単位で雇われます。ただ、雇用主はあくまでユニオンで、賃金はユニオン経由で支払われる。だから、「ピンはね」されることもありません。
ワーカーには、働く時間や就労期間などを自分の裁量で決める権限もあります。賃金も高く、年収1000万円を超えるワーカーも少なくありません。ある知り合いのワーカーは、「11カ月間、一生懸命働けば1カ月のバカンスを取れる。こんな働き方はホワイトカラーにはできないし、それくらいのお金を貯められるのも建設業の魅力なんだ」と胸を張っていました。
ユニオンと似た仕組みが欧州の先進国にもあります。例えば、ドイツにはマイスター、フランスにはマエストロといった具合です。そして、育成された職人は一般社会からもリスペクトされます。こういったシステムが日本にもあれば、いまほど担い手不足に悩むことはなかったかもしれません。
職人を育成するシステムの構築は建設業界にとって急務です。前回お話ししたように、私にとっても今後、取り組んでいきたいテーマのひとつなのですが、まずは若手職人の技能向上に役立つデジタル教材(建トレ)を、国土交通省や全国建設産業教育訓練協会などと一緒に作成しました。さまざまな職種の熟練技能者と若手技能者の動きの比較をモーションキャプチャーで見える化し、インターネットなどを介して、誰でも無料で熟練技を学べるというものです。
▼建設技能トレーニングプログラム 建トレ
熟練技能者に学ぶ 映像分析による技能習得
生産性向上につながるオフサイト化
担い手不足を補うための生産性向上。これは日本だけではなく、世界共通のテーマです。最近、海外では、プレハブ化を高めて現場での作業を極力少なくする「オフサイト化」の動きが目立ちます。
最も進んでいるのがシンガポールで、集合住宅やホテルなどを建築する際、1部屋分を工場で製作し、現場までトレーラーで搬送。現場でこれを積み上げていくと、あっという間に建物ができてしまう工法が確立しています。イギリスも、生産性を倍にする目標を定めてオフサイト化を推し進めています。
オフサイト化は、現場の生産性向上だけでなく、現場での汚れ作業を減らすという労働環境面のメリットもあるので、この潮流は世界的に加速していくでしょう。日本でも、すでにゼネコンや大手住宅メーカーなどが同様の取り組みを行っているようですが、今後は業界全体に広がっていくことを期待しています。
日本の建設業界は技術力も高くて、着想もすばらしい。バブル時代の終わりに、すでに全自動施工の技術開発に取り組んでいたくらいです。業界の革新に向けて正念場のいま、業界全体でもっと共同歩調を取れれば、標準化の進展、生産性の向上につながっていくことでしょう。
※記事の情報は2022年1月19日時点のものです。
- 蟹澤宏剛(かにさわ・ひろたけ)
芝浦工業大学建築学部建築学科教授。1967年生まれ。千葉大学大学院(自然科学研究科博士課程)を修了後、財団法人国際技能振興財団に就職。その後、工学院大学や法政大学、ものつくり大学などで講師を務めた後、2005年から芝浦工業大学工学部建築工学科助教授、09年から現職。国土交通省の担い手確保・育成検討会委員、社会保険未加入対策推進協議会会長、建設産業戦略的広報推進協議会顧問、建設産業活性化会議委員などを歴任。技能者の社会保険未加入問題を顕在化させた。
(※芝浦工業大学は、2017年に工学部建築学科、建築工学科およびデザイン工学部デザイン工学科建築・空間デザイン領域を統合・再編し、建築学部建築学科を開設した)