インタビュー
2024.11.13
膨大なデータ量を強みに、点検対象のインフラを広げていく【建設業の未来インタビュー⑮ 後編】 低画質の画像データでも、高頻度に収集することで道路の損傷を確実に検知する──。それが、東京大学発のスタートアップであるアーバンエックステクノロジーズが提供するサービスの持ち味です。確実な検知を可能にするのは、膨大な数の画像データ。研究開発に取り組み始めた2016年度以降、多くの自治体と実証実験を重ねながら、データを蓄積し続けてきました。提供サービス第1弾の発表は、2021年10月。道路点検の分野ではいま、2つのサービスを展開しています。後編では、サービスラインアップの現状と今後について、代表取締役社長の前田紘弥(まえだ・ひろや)氏にうかがいました。
文:茂木俊輔(ジャーナリスト)
アプリをインストールしたスマホを車両に搭載し、道路を走行して点検
――前編でお聞きした「シチズンサイエンス(市民科学)」というコンセプトの下、道路点検の分野ではどのようなサービスを提供していますか。
サービスラインアップは大きく2つあります。共通するのは、道路点検に必要な画像データをみんなで収集する、というコンセプトです。
まず1つ目のサービスは、「RoadManager損傷検知」です。道路損傷検知アプリケーションをインストールしたスマートフォンを車両に搭載し、点検したい道路を走行することで、画像データを取得。それを基に、損傷を自動で検知します。このサービスを利用することで、日常的な維持管理の効率化や経費削減を図ることができます。
その応用版が、「ドラレコ・ロードマネージャー」です。三井住友海上火災保険と協業し、同社が運用するドライブレコーダー搭載の車両約5万台を点検に用います。点検のための車両をわざわざ走行させる必要がありません。
――もうひとつは、どのようなサービスですか。
「RoadManager路面評価」です。路面評価アプリをインストールしたスマホを車両に搭載し、点検したい道路を走行する点は共通ですが、アウトプットが異なります。「路面評価」では、画像データを基に、ひび割れ率、乗り心地の評価指標であるIRI(国際ラフネス指数)、MCI(維持管理指数)を、一定の区間ごとに算出します。路面性状の簡易評価を、低コストで行うことが可能になります。
――前編でお聞きした「ちば市民協働レポート(ちばレポ)」を全国の自治体で利用できるオープンソースのシステムに改めたアプリもありますね。
はい。「My City Report for citizens」というスマホ用のアプリです。道路の損傷などの"まちの課題"を写真に撮影してアプリ上で投稿すると、その課題を自治体と共有できます。窓口や電話といった課題の共有手段を、アプリに置き換えたわけです。このアプリを利用すれば、道路に限らず、あらゆるインフラの点検が可能です。
例えば街路灯が電球切れで点灯しないとか、道路標識が傾いて落下しそうとか、市民の安全に関わるようなものです。そういう危険な状況はすぐに改善する必要がありますが、限られた自治体職員だけでは目が行き届かないので、市民からの投稿が役立ちます。
インフラの点検対象を拡大し、盛土を管理する新サービスもスタート
――昨今、さまざまなインフラ点検ツールが提案されています。競合サービスと比べたときの優位性はどこにありますか。
ひとつは、画像データの蓄積が多く、画像処理を行う人工知能(AI)の学習用データが豊富である、という点です。研究開発段階で、多くの自治体と実証実験を重ね、豊富な画像データを蓄積してきました。
さらに「ドラレコ・ロードマネージャー」では、ドラレコを搭載した車両約5万台が全国の道路を毎日走行し、画像データを収集しています。こうした積み重ねの結果、場所と画像の組み合わせで、少なくとも500万件以上の画像データを蓄積しています。
導入実績の多さでも負けてはいません。本格導入済みの自治体数は、「RoadManager」で累計25以上、「My City Report」で累計20以上です。
――会社設立からおおむね4年半たちました。手応えと課題感をお聞かせください。
手応えは感じています。導入実績が先ほどご紹介した数まで達していれば、まずまずです。今後さらに、導入実績を広げていきたいですね。
課題と感じるのは、事業範囲の拡大です。例えば点検すべきインフラは道路だけではありません。その種類を、もっと増やしていきたいと考えています。
――今年7月には、盛り土を管理する新サービス「まもりど」を公開しました。このサービスはまさに、点検の対象を盛土にまで拡大したものですね。
そうですね。サービス提供の背景には、法改正があります。2022年5月に改正され、23年5月に施行された宅地造成及び特定盛土等規制法、通称「盛土規制法」です。
2021年7月、静岡県熱海市内で不適正な盛土が大雨で崩落し、大規模な土石流災害を引き起こしました。この出来事を受け、危険な盛土を規制し、それに伴う災害を防止する目的で改正されたものです。
法改正によって自治体側には、既存盛土の経過観察や不適正盛土の早期発見という業務の負担が増しています。これらの事務的な手続き量は、自治体によっては数百倍になることも予想され、早期のDX(デジタルトランスフォーメーション)化が求められています。「まもりど」は、この2つの業務負担を軽減するものです。
――「まもりど」でもやはり、管理に必要なデータはみんなで収集するというコンセプトは共通なのですか。
はい。このサービスは、市民から通報いただいた危険な盛土の情報を一元管理するサービスです。今後は「ドラレコ・ロードマネージャー」や「My City Report」のように、収集した画像データを用いた機能も検討したいと考えています。これらを地図上で一元管理し、時系列での変化を追うことで、既存盛土の経過観察や不適正盛土の早期発見につなげていきます。
「まもりど」はもともと東京都と協働で開発してきたサービスです。都はすでに本格導入済みです。今後、サービス内容をさらに充実させ、2026年度までに盛土管理の対象になる自治体の10%に本格導入してもらうことを目指します。
――必要なデータをみんなで収集するという各サービスに共通するコンセプトからすると、災害対応の場面で役立つサービスも提供できそうです。
すでに開発中です。発災後に必要なデータは、みんなで収集する。そうすることで、例えば罹災(りさい)証明書の作成にも役立てることができそうです。ユースケース(事例)に合わせて社会に必要なサービスを、今後も提供していく方針です。
※記事の情報は2024年11月13日時点のものです。
- 前田 紘弥(まえだ・ひろや)
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻修了。株式会社三菱総合研究所を経て、株式会社アーバンエックステクノロジーズを設立。独立行政法人情報処理推進機構が展開する「未踏アドバンスト2020」、雑誌「Forbes」が表彰する「30 under 30 Asia 2021」に選出。博士(工学)。