インタビュー
2024.06.12
独自の打音機や点検ロボットを社外に提供。誰もがインフラ点検の一部を担える環境を【建設業の未来インタビュー⑭ 後編】 福岡市内に本社を置くオングリットホールディングスはインフラ老朽化という社会課題の解決に取り組むベンチャー企業です。インフラ点検業務に自ら乗り出すいっぽう、点検業務の支援ツール開発にも力を入れています。創業の精神は、担い手不足が心配される建設業界で就労弱者を雇用できないか、という代表取締役CEOである森川春菜(もりかわ・はるな)氏の思い。これまで業務支援ツールの開発を通じて、担い手のすそ野を業界未経験者にまで着実に広げてきました。会社設立7年目。業務支援ツールの開発・提供を加速させようというビジネスの今後の展望を、森川氏に聞きました。
文:茂木俊輔(ジャーナリスト)
〈前編〉はこちら
技術者は技術者にしかできないことを
――会社設立7年目を迎えました。創業者としてどんな手応えを感じていますか。
わずか数人で立ち上げた会社が、今や40人以上の規模にまで成長し、理念や使命に共感を覚えてくれる人が増えていることを改めて実感しています。社内の人材構成はおおむね、インフラ点検部門20人、技術開発部門10人、コーポレート部門10人、という内訳です。売り上げベースで見ても、インフラ点検業務が大部分を占めています。
――インフラ点検業務の支援ツール開発に力を入れています。技術開発の担当者は、思うように確保できていますか。
最近では高等専門学校(高専)の卒業生を採用できるようになりました。教員や先輩からの紹介で当社を知る例が多そうです。大手企業では自身がやりたいことをすぐにはできそうにないという理由から当社に関心を寄せてくれたり、インフラ老朽化という社会課題の解決に自らの技術力を生かすことに仕事のやりがいを感じてくれたりするなど、入社を希望する動機はさまざまです。
支援ツール開発にあたっては、民間企業はもとより、高専との連携も視野に入れています。研究開発で掲げるテーマを突き詰めるのに、自社のリソースだけでは十分でない時には、その分野を専門とする高専の教員を紹介してもらっています。教員側も研究開発で掲げるテーマに興味を抱いてくれれば、コミュニケーションを積極的に取ってくれます。
――そうした社内体制や連携体制の下で開発を進めるインフラ点検業務の支援ツールには、前編で紹介した「マルッと図面化」以外、どんなものがありますか。
例えば「AI(人工知能)健全度診断プログラム」があります。北九州市が2022年度、「AIによる道路反射鏡の健全度診断プログラム作成・検証」業務の受託候補者を公募型プロポーザル方式で募集したのに応じ、業務を受託した結果、開発に至りました。
市内には当時、道路反射鏡(カーブミラー)が約1万本も設置されていました。診断業務を担当する技術者はそれらを現場で目視し、点検の結果をチェックリストに書き込み、診断を下していました。これに対して「AI(人工知能)健全度診断プログラム」では、カーブミラーの写真を撮影するだけで済みます。撮影した画像を基にAIが健全度を自動で診断することで、診断業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)化を進めています。プログラムを活用すれば、誰でも経験の差なしに診断業務が可能になります。
――インフラ点検業務の支援ツール開発には、どんな強みがありますか。
やはりインフラ点検業務そのものに取り組んでいる点です。だからこそ分かる課題というものがあります。それを解決しようという姿勢で、支援ツールの開発を進めています。点検業務の受注者側には今、業務を効率良く進めるための新しい技術が求められています。そうした時代の流れを追い風に、これらの支援ツールを社外に積極的に提供していきたいと考えています。それによって、AIをはじめとする最新テクノロジーを用いてもなお技術者にしかできない業務に技術者が専念できるような環境を整えたいですね。
自社開発の支援ツールを社外向けにも積極展開
――自社で開発した支援ツールの中で社外向けのサービスとして積極展開していく方針のものには、例えばどんなものがありますか。
ひとつは、「銃打音(ガンダオン)」と呼ぶ打音機です。引き金を引くだけで一定の強さ・速さで打撃部がコンクリート構造物をたたくもので、打音点検を半自動化できます。また打撃部が対象物に衝突した瞬間に跳ね返り、構造物の振動を止めません。そのため、音の違いがそのまま、構造物の健全性の違いを表すことになります。正しい打音の仕方を若手に教える熟練者が不足する中、誰がたたいても正確な検査結果が望めます。
もう1つは、道路照明など道路付属物の点検ロボット「Pole Climber(ポールクライマー)」です。打音装置、振動センサー、カメラを備え付けています。道路付属物にセットすると2本の腕で自動的に昇降し、構造物の健全性を打音と目視で点検します。これまで必要だった高所作業車が不要になるため、交通規制なしに作業を進めることが可能です。これもやはり、誰でも点検業務にあたれるようにするためのツールです。
――支援ツールの開発や活用・提供を通じて、建設業界を業界未経験者でも就労可能な場にしたいという会社設立当時の思いは今、どの程度実現できていますか。
社内の人材は、要所には熟練者や業界経験者を配置していますが、多くは業界未経験者です。技術開発部門では障害者の直接雇用も実現できています。またAIが機械学習に用いる画像データの作成業務は、技術開発部門からのアウトソーシングという形で障害者施設に外注しています。会社設立当時の思いを、着実に実現に移せています。
――現在はインフラ点検業務そのものが売り上げの大部分を占めるという話を冒頭にお聞きしました。今後は、点検業務を土台に手を伸ばしつつある支援ツールの開発・提供にビジネスの軸足を移していくという方針ですか。
はい。支援ツールの提供形態を、レンタルにするのか、サブスクリプションにするのか、そこはサービスの種類によって異なると思います。いずれにしても、インフラ点検業務はこのまま継続しますが、売り上げベースで見れば、支援ツールの提供のほうが上回るような事業展開を現在は想定しています。
――森川さんご自身、建設業界に身を投じて6年。担い手不足の解消について、どのような点に目を向けるべきとお考えですか。
ひとつは、最新テクノロジーを活用したDXですね。建設業界に対して、一般には旧態依然たるイメージが残っているかもしれませんが、ICT施工に象徴されるように、ほかの業界に比べて進んでいる領域もあります。ドローンだって、結構活躍しています。そういうところをもっと情報発信していけば、建設業界に目を向ける人材は現れると思います。
もう1つは、働き方の多様性です。当社の社員で、建設コンサルタントに勤めていた前職時代、子育て期ということもあり、現場にあまり出られなかった、と嘆く道路橋点検士の資格を持つ女性がいます。働き方の工夫で柔軟に対応できていれば、やりたいこともできたのではないかと思います。本当にやりたいことを仕事として取り組めるような環境づくりもまた、担い手不足の解消には欠かせないとみています。
※記事の情報は2024年6月12日時点のものです。
- 森川 春菜(もりかわ・はるな)
オングリットホールディングス株式会社代表取締役CEO
専業主婦をしながら5年かけて国土交通省の点検要領データベースを作成。2018 年 3月にオングリット(現・オングリットホールディングス)株式会社を設立。「テクノロジーを活用し世界中の人へ働く機会と豊かさを提供する」というミッションを達成するため奮闘中。