2023.03.15

建設DXのポイントはデジタルツインの構築。その一歩は後処理の自動化から【建設業の未来インタビュー⑩ 後編】 建設業が抱える課題の一つが人手不足。ところが、現場ではその深刻さが表面化しておらず、認識されていない場合が多々あるといわれます。社会・産業インフラ向けロボットを開発・提供する株式会社イクシスは「人手不足の実感が伴いにくい現実が、現場へのロボット導入を遅らせている」と分析しています。後編では、同社代表取締役Co-CEO兼CTOの山崎文敬(やまさき・ふみのり)氏に、現場実装に向けた戦略と、建設業界におけるロボット活用への道筋についてうかがいました。

ゲスト:山崎文敬(株式会社イクシス代表取締役Co-CEO兼CTO)
聞き手:茂木俊輔(ジャーナリスト)

〈前編〉はこちら

建設DXのポイントはデジタルツインの構築。その一歩は後処理の自動化から【建設業の未来インタビュー⑩ 後編】

DX推進で「デジタルツインの構築」が重要な理由

──建設業界ではロボットの現場実装の先に、建設DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が期待されます。建設DXのポイントはどこにあるとお考えですか。


山崎 デジタルツイン*1の構築だと思います。私たちの会社の社会的使命として、社会インフラの安全・安心を確保することがゴールです。まずは老朽化したインフラをいつ修繕すべきか、また場合によってはつくり直すかを見極める必要があると考えています。


さらに、その見極めをベテラン1人の知見に頼るのではなく、デジタル技術を活用して定量的に行うことも必要です。そういう点からも、既設構造物の3次元(3D)データを取得するロボットの役割は非常に重要です。今はお客様との間でも、どのようなロボットを導入し、どのようなデータを取得すればいいか、模索しているところです。


*1 デジタルツイン:製品・設備・人員・機械の状態など現実の世界から収集したさまざまなデータをコンピューター上で再現する技術のこと。リアル情報の双子を表現するという意味で、デジタルツインと呼ばれている。


──ロボットを用いてデータを取得していく上で何を重視していますか。


山崎 やはり、3Dデータとしての取得です。例えば、コンクリート構造物の画像データは点検用ロボットを用いていくらでも取得可能です。コンクリートのひび割れも、人工知能(AI)を活用すれば、膨大な数の画像データの中から検出できます。


しかし、その重要度は検出場所によって異なります。構造上、重要な場所で検出されたひび割れであれば深刻に受け止める必要がありますが、それ以外の場所であればそう重く受け止めなくていい。データと位置情報との関連付けは不可欠です。


──その3Dデータを基にデジタルツインを構築する上で何が重要ですか。


山崎 デジタル空間の構造物のデータと現実空間の構造物のデータを、きちんとそろえることです。そもそも、デジタルツインを構築する意義は、デジタル空間上でシミュレーションを実施した結果を、現実空間上での施策に生かすことにあります。だからこそ、デジタル空間上のデータと現実空間上のデータが一致していないようでは、シミュレーション結果を正しく生かすことができません。


ところが、現実の構造物は設計図通りに1mmもずれることなく施工されることはあり得ません。さらに供用開始後は、経年劣化や修繕によってもズレが生じます。デジタル空間上のデータとして設計時のデータを埋め込んだだけでは、不十分なのです。モデリングに用いるジオメトリー(形状)情報を、設計図ではなく現実空間上のデータと一致させることで、真のデジタルツインを構築したいと考えています。

山崎文敬さん


──そうなるとなおさら、正確な3Dデータの取得が欠かせませんね。そのためにロボットの現場実装をどう進めていけばいいのでしょうか。


山崎 ポイントは、現場業務ではなく後処理業務の効率化から進めていくことだと考えています。


例えば、点検業務で構造物をデジタルカメラで撮影してきたとします。その場合、撮影地点の位置情報は明確ではありません。しかも、社会インフラのような構造物は繰り返しの造りが多くて似ているので画像を見返しても、どこで撮影したか分からなくなりがちです。さらに撮影漏れや手ぶれが生じていれば、再撮影の手間がかかってしまいます。


私たちは、そうした現場業務の人為的なぶれから生じる後処理の手間を軽減するという角度から、ロボットの導入を提案します。ロボットを用いれば、網羅的に手ぶれのない画像を撮影可能です。しかも位置情報を持たせられますから、データの整理も自動化できる。さらに画像処理技術を組み合わせれば、必要な調書(調査報告書)の作成まで可能です。




現場目線では人手不足を感じない現実

山崎 こうしたアプローチを取る背景には、「担い手不足というロボット導入に向けた理屈が現場では通用しにくい」という事情があります。


現場にいざ出向くと、不思議なことに、世の中で叫ばれるほどには人手不足を感じません。例えば、3人一組で実施する点検業務の現場に出向くと、常に3人そろっているのです。


一見すると、人手不足は生じていないようです。だから、その現場ではロボットの導入は進みません。


しかし発注者の目線に立つと、事情は異なります。例えば1日10現場のペースで点検業務を進めたい場合、1日で30人必要です。そこで実際には27人しか確保できないと、9現場しか進められません。9つの現場それぞれは必要な3人という人数を確保できていても、10現場全体を見ると確かに、もう3人ほど、人手が足りないのです。


現場目線と発注者目線の間には食い違いがある。私たちはそこに気づき、担い手不足を訴えるアプローチから転換したのです。


茂木俊輔


──それは盲点ですね。実際、そういう事情を抱える発注者の現場でロボットを導入すると、どういうメリットが得られますか。


山崎 1人の作業員は後処理業務まで含め1週間で1現場しか対応できないと仮定します。週の前半で点検を実施し、後半で後処理にあたる想定です。この時、後処理の負担がゼロになれば、この作業員は週の後半にもう1現場回れます。つまり、倍の作業をこなすことができるようになるのです。人件費を考えれば、1現場当たりのコストは半分で済みます。


そうしたメリットを発注者側に実感していただいてロボットの導入が進めば、人手不足が一段と深刻になったとき、その活用がスムーズに進むのではないか、とみています。




まずは技術に慣れてもらってから、ステップアップを後押ししたい

──ロボットの導入をどう持ち掛けるかという課題を乗り越える道を見いだしたという話として、非常に面白いですね。いっぽうで、まだ乗り越えられていない課題には、どのようなものがありますか。


山崎 大手建設会社だけでなく、全国津々浦々の建設会社に私たちの技術をどのように提供していけばいいかということです。この課題を解消するために、私たちは提供する技術を要素技術のレベルにまで落とし込み、その一つ一つを単独のサービスとして提供できる体制を整えています。


安価で少し役に立つというレベルの技術にまず慣れていただき、徐々にステップアップしていくのを後押しすることで、建設DXの推進をサポートしていきたいですね。


山崎文敬さん


──目指す方向性は国の方針とも一致しているはずです。国土交通省の施策動向とも歩調を合わせながら、ビジネスを展開していくのでしょうか。


山崎 はい。今は遠隔臨場の普及に向けて、ロボットの稼働に必要な通信環境の整備を進めています。また2023年度までに国交省発注の全ての公共工事におけるBIM/CIM*2の原則適用が予定されており、それに先駆ける形で、BIM/CIM化の支援サービスを提供しています。


公共工事では、応札時に技術提案が可能な案件もあります。このような案件は、建設会社が新しい技術を取り入れるひとつの動機にもなっているとみています。サービスの提供にあたっては、技術提案として評価の対象になる技術を明確にすることも重要です。技術提案用の新しいサービスの提供もすでに始めています。


*2 BIM/CIM:計画、調査、設計段階から3Dモデルを導入することにより、その後の施工、維持管理の各段階においても3D モデルを連携・発展させて事業全体にわたる関係者間の情報共有を容易にし、一連の建設生産・管理システムの効率化・高度化を図る取り組み。



【取材を終えて】


取材を通じて感じたのは、人手不足→自動化・省人化→ロボット、と短絡的に考えるのではなく、ロボットの価値を見つめ直し、なぜ導入するのか、整理しておく必要がある、という点です。ただ、だからと言って重々しく考え過ぎず、まずは試してみることも求められそうです。ロボットを利用する側にこうした思考や姿勢を促し、顧客の事情を踏まえたサービス提供を心掛けるイクシスの企業姿勢が、ロボットの現場実装をさらに後押ししていきそうです。


※記事の情報は2023年3月15日時点のものです。

【PROFILE】
山崎 文敬(やまさき・ふみのり)
山崎 文敬(やまさき・ふみのり)
株式会社イクシス代表取締役Co-CEO兼CTO(共同経営者)
1998年、大学在学中に株式会社イクシスを設立。2000年より科学技術振興事業団ERATO北野共生システムプロジェクト技術員を務め、ヒューマノイドロボ「PINO」を開発。2003年より阪大フロンティアリサーチ研究機構(阪大FRC)特任研究員、2011年より認定NPO法人ロボティック普及促進センター副理事長、2013年より日本ロボット学会代議員を務める。2018年9月に代表取締役Co-CEO兼CTO(共同経営者)に就任。受託開発を主業とする技術集団企業から各業界の本質的問題を解決する事業会社へと新たなスタートを切り、業務を推進する。
茂木 俊輔(もてぎ・しゅんすけ)
茂木 俊輔(もてぎ・しゅんすけ)
ジャーナリスト。1961年生まれ。85年に日経マグロウヒル社(現日経BP)入社。建築、不動産、住宅の専門雑誌の編集記者を経て、2003年からフリーランスで文筆業を開始。「日経クロステック」などを中心に、都市・不動産・建設のほか、経済・経営やICT分野など、互いに関連するテーマを横断的に追いかけている。



〈ご参考までに...〉

オリジナル動画「【建設業の未来インタビュー⑩】」後編をご視聴いただけます!

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