2022.07.27

人手不足の解消とSDGsの達成に向け、建設用3Dプリンターの現場実装へ【建設業の未来インタビュー⑦ 前編】 3Dプリンターがいよいよ日本でも建設機械の1つとして利用される時代になりそうだ。その現場実装をけん引するのは、建設用3Dプリンターやそれを用いたサービスを開発するスタートアップの株式会社Polyuse(ポリウス)。2022年1月には、高知県安芸市内の国道改良工事現場で施工者である地元建設会社と連携し、集水升(しゅうすいます)2基を3Dプリンターで製作した。これまで実証実験を重ねてきた同社代表取締役の大岡航氏と取締役CTOの松下将士氏に、何を目指し開発に取り組んできたのか、その胸の内を聞いた。

ゲスト:大岡 航(株式会社Polyuse代表取締役)
    松下将士(株式会社Polyuse取締役CTO)
聞き手:茂木俊輔(ジャーナリスト)

人手不足の解消とSDGsの達成に向け、建設用3Dプリンターの現場実装へ【建設業の未来インタビュー⑦ 前編】

建設用3Dプリンターの活用で人手不足を解消する

――「3Dプリンター」と言えば、一般には樹脂を射出し立体を造形するものです。Polyuse(ポリウス)で開発する建設用の3Dプリンターも基本的な仕組みは同じと考えてよいでしょうか。


松下 基本的な仕組みは共通です。造形の方法は積層式と言われるもので、材料を射出し、平面上に線状のものを造形して、それを重ねて立体にしていきます。一般的な3Dプリンターとの大きな違いは、その材料です。通常は樹脂を溶かしたものを射出しますが、私たちの建設用3Dプリンターでは、専用に開発したモルタルを用います。そのため、射出前は高い流動性を持ちながら、射出後は速やかに硬化させることができます。このモルタルの開発には苦労しました。


――なるほど、そこに建設用3Dプリンターとしてのポイントがありそうですね。そもそも開発を思い立ったのは、どういう理由からですか。会社設立の狙いも含め、教えてください。


大岡 建設用3Dプリンターの用途としては、もともとは海外と同じように、住宅の領域を想定していました。個人向け住宅を安く提供できないか、という思いで会社を立ち上げたのです。ところが、そうした思いの実現に向けて建築関係の方々に連携を呼び掛けていると、「3Dプリンターで解決してほしい問題が、ほかにもっとある」と指摘されました。その筆頭が、人手不足の問題です。課題解決に向けて何か一緒にできないかということで、土木や建築の世界に3Dプリンターを活用していこうと考えました。


株式会社Polyuse代表取締役の大岡航氏(左)と取締役CTOの松下将士氏株式会社Polyuse代表取締役の大岡航氏(左)と取締役CTOの松下将士氏


――2019年6月の会社設立から、早くも3年ほどたちました。建設用3Dプリンターを活用できそうな領域に広がりは見られますか。


大岡 土木や建築以外でも、農業や漁業の関係者から、こういうものを造れないか、と相談を受けることがあります。やはり、コンクリート系の構造物です。さまざまな領域の方々に建設用3Dプリンターの存在を知っていただくにつれ、その領域で必要とされるコンクリート系構造物の製作についての相談を受ける機会が増えています。




精度・強度面から活用分野を見極め

――活用領域に広がりが見込めるいっぽう、ターゲットとする土木や建築の領域では新しい生産技術として定着していくと思われます。現場実装に向けて、これまでさまざまな実証実験を重ねてこられましたが、どのような思いで臨まれましたか。


大岡 まず、3Dプリンターでモルタルを射出できるのか、安定した形状を描けるのか、それを積層させることができるのか、といった基礎的なことを検証してきました。次に実証実験として、ゼネコン準大手や地域の建設会社と連携しながら実際に現場で利用できるものか、というように段階的に検証を進めてきました。


松下 現場では建設機械の1つとして利用してもらいたいと考えています。実際に利用してみて、どこに価値があるのか、またいっぽうで何が課題なのかが、現場の視点から明らかになるように実証実験を重ねてきました。現場に3Dプリンターを持ち込んで、そこで建機として利用する方式だけでなく、現場で用いる構造物の生産拠点に配置するプラント方式も想定しています。いずれにしても、使いやすいかどうかが重要です。


株式会社Polyuse代表取締役の大岡航氏(左)と取締役CTOの松下将士氏


――建設用3Dプリンターという新しい建機開発に関して、現在はどのような段階と捉えればいいですか。


大岡 先ほど申し上げた基礎的な検証はすでに終えることができました。建設業界の中で、3Dプリンターで構造物を造ることができるということを認識していただいている方は少しずつ増えてきている、と感じています。


いままさに取り組んでいるのは、3Dプリンターでどのような構造物を造れるのか、という点です。コンクリート系構造物には、大型のものから小型のものまで多種多様なものがあります。その中で何を造るのが向いているのか、精度や強度の観点からその見極めに努めている段階です。


――同じコンクリート系構造物の中でも向き・不向きがあるのは、なぜですか。


大岡 1つは、形状が違うからです。例えば、水平断面が四角の構造物と円形の構造物を比べると、3Dプリンターは円形の断面を持つ構造物のほうが造るのが得意です。直角を描くのが苦手なんですね。これはもう、3Dプリンターの特性上、そうならざるを得ません。曲線を描くほうが得意ですから、水平断面に曲線を持つ形状の構造物を造るのが向いているということになります。


聞き手:茂木




資材や設備を有効活用、産業廃棄物を生じさせないことが理想

――構造物としては、具体的にはどのようなものが考えられますか。


大岡 今年1月、高知県安芸市内の国道改良工事の現場で、一般的な角型の集水升を建設用3Dプリンターで製作しました。その時、発注者である国土交通省や施工者である入交(いりまじり)建設株式会社の担当者から、構造物の設置環境に合わせて形状を工夫するほうが3Dプリンターの良さが生きる、という助言をいただきました。


集水升には台風や豪雨の時に、大量の雨水が流れ込みます。それが升内の壁に当たり、升外に漏れ出てしまったり、長期的には経年劣化を早める原因になったりします。升内の壁に丸みを持たせるなど、設置環境に応じて形状を最適化できれば、雨水の力を逃がすことでそうした問題を防げるのではないか、ということです。


高知県安芸市での集水升施工時の様子(写真提供:入交建設株式会社)高知県安芸市での集水升施工時の様子(写真提供:入交建設株式会社)


松下 集水升はいま、ある程度規格化されたものが汎用品として利用されています。しかし本来、設置環境によって集水升の目的は異なりますから、その目的に応じた集水升がほしいというニーズがあります。現場でヒアリングすると、そうした集水升を現場で製作できるという点に建設用3Dプリンターの魅力を感じていただいています。集水升で言えば、目的を達成するための最適解を探り当てることが、非常に重要だと考えています。


株式会社Polyuse代表取締役の大岡航氏(左)と取締役CTOの松下将士氏


――現場でのコラボレーションが新しく生まれそうですね。今後は、建設用3Dプリンターを活用して建設現場のどのような課題に対応していきますか。


大岡 大きく2つあります。1つは先ほど申し上げたように、人手不足の解消に役立てるのではないかということ。いまのままでは、社会インフラの当たり前の姿を維持できなくなる恐れさえあります。


もう1つは、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に関連するものです。いまの現場は、1つの構造物を造るのにさまざまな資材や設備を必要とし、さらに産業廃棄物も生じます。しかしSDGsの観点に立てば、そこはもっとすっきりさせたい。ごく限られた資材や設備だけを用いて産業廃棄物を生じさせない、それが理想です。建設用3Dプリンターを、現場のこれらの課題を乗り越えるのになくてはならないものにしていきたいですね。


※記事の情報は2022年7月27日時点のものです。

【PROFILE】
大岡 航(おおおか・わたる)
大岡 航(おおおか・わたる)
1994年生まれ、高知県出身。同志社大学政策学部卒。大学在学中にWeb/システム開発事業を中心としたIT会社を創業。現在まで、ベンチャー企業の創業4社に参画。同時に個人でも複数会社で経営参画し、多くの新規及び既存事業の立ち上げ・成長に従事。2019年に伊勢崎・岩本と株式会社Polyuseを共同創業。経営全般と広報及びマーケティングを担当。
松下 将士(まつした・まさし)
松下 将士(まつした・まさし)
1992年生まれ、神奈川県出身。明治大学理工学部卒。大学卒業後に本田技術研究所にて技師としてエンジン開発に従事。大学在籍時より、個人での開発も行っており、ハードウエアの設計、制御、組み込み設計・アプリケーション開発まで独自開発できるフルスタックエンジニア。株式会社Polyuseの創業後まもなくして参画。開発部門の統括を担当。
茂木 俊輔(もてぎ・しゅんすけ)
茂木 俊輔(もてぎ・しゅんすけ)
ジャーナリスト。1961年生まれ。85年に日経マグロウヒル社(現日経BP)入社。建築、不動産、住宅の専門雑誌の編集記者を経て、2003年からフリーランスで文筆業を開始。「日経クロステック」、「日経コンストラクション」などを中心に、都市・不動産・建設・住宅のほか、経済・経営やICT分野など、互いに関連するテーマを横断的に追いかけている。

〈後編〉へ続く



〈ご参考までに...〉

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