インタビュー
2021.09.17
建設現場の働き方が変わる【建設業の未来インタビュー③ 前編】 担い手不足や現場の高齢化、労働環境など、多くの課題を抱える建設業界は、働き方改革の推進が急務だ。若者が働きたいと感じる魅力的な職場にするために、労働環境や業界風土をどのように変えていけばよいか――。建設現場の労働実態に詳しい芝浦工業大学建築学部建築学科の蟹澤宏剛教授に伺った。聞き手は建設系メディアなどでフリーライターとして活躍中の三上美絵氏。
ゲスト:芝浦工業大学建築学部建築学科 蟹澤宏剛教授
聞き手:三上美絵(フリーライター)

「3K」は建設業の醍醐味であり魅力
――雇用のあり方や労働環境に様々な課題を抱えている建設業界ですが、現状をどのように認識されていますか。
蟹澤 最も深刻なのは担い手不足です。若年層の入職が進まず、入職しても3年後には3分の1から半分くらいが辞めてしまいます。これに伴って高齢化も進み、現段階では業界就業者のおよそ3割が60代以上。30歳未満は1割程度にとどまっています。就業者が減り続け、次世代への技術継承もままならないという危機的な状況です(図A)。
●図A 建設業就業者の高齢化の進行
出典:国土交通省「建設産業をめぐる現状と課題」から、P.2「建設業就業者の現状」の中の「総務省『労働力調査』を基に国土交通省で算出して作成されたグラフ」部分を抜粋した。
(https://www.mlit.go.jp/common/001221442.pdf)
※2017年時点で建設業就業者は55歳以上が約34%、29歳以下が約11%。全産業の平均値は、55歳以上が約29.7%、29歳以下が16.1%で、それと比較して建設業の高齢化傾向が高いことが分かる。
――建設業が若年層から敬遠されるのは、やはり、いわゆる「3K(きつい、汚い、危険)」や長時間労働が要因なのでしょうか。
蟹澤 まず3Kですが、3K自体が問題なのではありません。3Kを槍玉に挙げ、3Kを別の言葉に言い換えることばかりに執着してきたこと、本質的な対策を講じようとしてこなかったことが良くなかった。
3Kはある意味、建設業の醍醐味です。もちろん、仕事上、生じうる危険な要素を常に排除していくことは重要ですが、多少、きつくて汚くても、付き合い残業などがなく、働き方によっては自分の裁量でたくさん稼げるといった魅力もある。建設業のそうした良い点を磨き上げる方策を考え、アピールしていくべきなのです。
長時間労働は、建設業界の働き方や考え方が大きく影響しています。例えば、技能者は日当制で働く人が多いのですが、週休2日制を導入しようとすると、雇用者から「日当制で働く人の収入が減ってしまう」といった反対意見がよく出ます。
「時間感覚のなさ」も問題です。請負で仕事をしていると「働けば働くほど稼げる」という固定観念にとらわれ、収入を増やすために「この現場を早く終わらせて、次の現場にかかりたい」と考え、1日の労働時間が長くなりがちです。こうした「体質」も、労働環境を悪くしている一因だと思います。
――建設業界の体質から生じる弊害ですね。
蟹澤 業界の存亡に関わることですから、こうした体質は変えていかなければなりません。というのも、ある高校の先生と学生の就職について話をしていたとき、こんなことを言われたのです。「私の学校では、年間休日日数が2桁の求人票は生徒に紹介しません」と。週休2日制の定着が遅れている建設業界にとって、これは耳が痛い話です。年間休日日数を100日にするためには、やはり4週8休や週休2日制を実現させていく必要がある。できなければ、他の産業に勝てません。
発注者への気遣いから、過剰にサービスする業界の風土も改めていくべきでしょうね。建設業界の人たちの多くはとてもまじめで、工期順守の意識がとても強い。発注者側の都合で設計の修正や変更が出て進捗が遅れたとき、自ら突貫工事をしてでも挽回し、当初工期を守ろうとするのです。もともと、デザインビルド(設計施工一貫方式)で受注するケースが多く、予定外の作業でもサービスで引き受けるのが当たり前という考え方が根強い。また、それが競合他社に勝つための競争力でもあるわけです。
しかし、改正建築基準法では、こうした行為はダンピングに該当します。工期を延長するか、あるいは特急料金を支払って当初工期の順守を求めるかなど、発注者と施工者がきちんと協議して、互いの合意の上で工事を進めていく必要があります。人材確保のためにも、発注者と施工者の双方がコンプライアンスを意識し、フェアにビジネスするのが当たり前の業界にしたいものです。
根が深い社会保険未加入問題
――国の委員会などでは、技能者の社会保険未加入問題についても指摘や提案をされていますね。
蟹澤 2008年ごろ、建設業をいかに持続可能な産業として再建していくかを考える国土交通省主催の会議で、ダンピングをする不良不適格業者の排除方法を学識者と国が一緒に考える機会があり、そのときに私は、「技能者の社会保険の加入状況を観点として不良不適格か否かを見分けてはどうか」と提案しました。社会保険の未加入とダンピング行為は深く結びついていたからです。
日雇いの技能者を集めて現場に出すことで雇用にかかる固定費や社会保険料を削り、不当に安く工事を請け負う――。こうしたダンピング行為の影響を受けて、請負で働いていた技能者を社員にしたり、訓練校や寮を整備して育成したりするなど、素晴らしい取り組みをしていた企業が数多く倒産しました。
社会保険の加入状況を「フィルター」として使えば、社会保険未加入の技能者でダンピングを行う業者を徐々に排除できます。その一方で、社会保険への加入義務を果たし、技能者一人ひとりを大切にするような企業を優先的に使うような業界風土が醸成されます。
「安ければ何でもいい」というような考え方は、品質の低下をはじめ、様々な問題を引き起こします。すなわち、社会保険問題の解決は、働き方改革、人材確保・定着に向けた「一丁目一番地」なのです。
――社会保険未加入問題は、現在どのような状況ですか。
蟹澤 私の提案は、私自身も委員として参加した建設産業戦略会議でも検討され、2011年に策定された「建設業の再生と発展のための方策2011」の中に「社会保険問題が重点課題」として提示されました。さらに、2019年(平成31年・令和元年)に改正された担い手3法では、現場の処遇改善として社会保険への加入が要件化され、社会保険未加入業者は建設業許可の申請や更新ができなくなりました。これは大きな成果と言えます(図B)。
●図B 建設業法等の改正に伴う省令の改正について
出典:国土交通省「第2回 建設業の一人親方問題に関する検討会(2020〔令和2〕年10月5日)」資料一式
(https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001366708.pdf)
一式資料内の「社会保険加入対策の現状」のP.3「建設業法等の改正に伴う省令の改正について」に掲載された図表を抜粋した。
図表で示されているように、2019年の担い手3法の改正に伴い、建設業の許可・更新では適切な社会保険(健康保険・厚生年金保険・雇用保険)への加入が要件化された。これに伴い、施工体制台帳の記載事項について、建設工事の従業者に関する事項として、氏名や社会保険の加入状況等の事項が追加された。
※記事の情報は2021年9月17日時点のものです。
- 蟹澤宏剛(かにさわ・ひろたけ)
芝浦工業大学建築学部建築学科教授。1967年生まれ。千葉大学大学院(自然科学研究科博士課程)を修了後、財団法人国際技能振興財団に就職。その後、工学院大学や法政大学、ものつくり大学などで講師を務めた後、2005年から芝浦工業大学工学部建築工学科助教授、09年から現職。国土交通省の担い手確保・育成検討会委員、社会保険未加入対策推進協議会会長、建設産業戦略的広報推進協議会顧問、建設産業活性化会議委員などを歴任。技能者の社会保険未加入問題を顕在化させた。
(※芝浦工業大学は、2017年に工学部建築学科、建築工学科およびデザイン工学部デザイン工学科建築・空間デザイン領域を統合・再編し、建築学部建築学科を開設した) -
- 三上美絵(みかみ・みえ)
土木ライター。1985年に大成建設に入社。1997年にフリーライターとなり、「日経コンストラクション」などの建設系雑誌や「しんこうWeb」、「アクティオノート」などのWebマガジンなどに連載記事を執筆。一般社団法人日本経営協会が主催する広報セミナーで講師も務める。著書に「かわいい土木 見つけ旅」(技術評論社)、「土木技術者になるには」(ぺりかん社)、共著に「土木の広報」(日経BP)。土木学会土木広報戦略会議委員、土木広報大賞選考委員。
後編へ続く
〈ご参考までに...〉
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