2023.06.21

物質を透過する「中性子線」でインフラ点検効率化を目指す【建設業の未来インタビュー⑪ 前編/序章】 トンネルや橋梁(きょうりょう)など、高度経済成長期を中心に建設された膨大な数のコンクリート建造物の劣化を検査・対応することが急務となっています。検査技術として注目されているのが、対象物を壊さずに内部の状況を調べる非破壊検査技術。国立研究開発法人理化学研究所 中性子ビーム技術開発チームでは、物質を透過する「中性子線」を利用した非破壊検査装置の開発を進めています。前編では、大竹淑恵チームリーダーに、中性子や装置の概要、その可能性についてうかがいました。

ゲスト:大竹淑恵(国立研究開発法人理化学研究所 光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チーム チームリーダー)
聞き手:茂木俊輔(ジャーナリスト)

物質を透過する「中性子線」でインフラ点検効率化を目指す【建設業の未来インタビュー⑪ 前編/序章】

破壊せずにコンクリート内の劣化が分かる「中性子」

大竹淑恵さん


──大竹先生の率いる理化学研究所の中性子ビーム技術開発チームでは、コンクリート構造物の検査に用いる理研小型中性子源システム、通称「RANS(ランズ)」( RIKEN Accelerator-driven compact Neutron Systems)を開発されました。非破壊検査にはX線や電磁波を使ったものなども注目されていますが、それらと比べて、中性子を利用することのメリットはどんなところにあるのでしょうか。


大竹 コンクリート構造物においては塩分による腐食促進の問題が深刻ですが、それを引き起こす塩素に対する感度が高いのが中性子の特徴です。元素分析により、構造物の表面から数cm奥の場所にどの程度の塩分が含まれているかが、非破壊で分かるのです。


ほかの非破壊検査では、コンクリート内部の鉄筋などの位置までは分かっても、腐食や腐食を早める原因となる塩分を検査するためには破壊を伴う検査、例えば「コア抜き検査」*1をするのが一般的です。中性子を利用すると構造物に損傷を与えないので、同じ箇所の経年劣化の進み具合を追い続けることもできます。検査結果をデジタルデータとして把握できるため、蓄積されたデータを社会共有の財産としてさまざまな解析に役立たせていくことも可能です。


*1 コア抜き検査:コンクリート構造物に生じている劣化の状態を調べるため、その構造物からコンクリートの供試体(コア)を取り出して実施する検査のこと。コンクリート片を直接調べることができるが、構造物からコンクリートの一部を抜き取るため、構造物に損傷を与えてしまう。


──中性子を使った検査では、ほかにどのようなことを検知できるのでしょうか。


大竹 中性子が一方向に移動する流れを中性子線といいます。この中性子線は放射線のひとつで、物質を透過する力に優れています。非破壊検査においては、ほかの放射線が不得意な水素に対する高い感度を有するという特性を利用し、コンクリートに中性子線を照射して内側の水分や隙間、土砂化*2の状態などを検知します。


先ほどお話しした塩素の検査では、中性子線を照射することにより検査対象から放出されるγ(ガンマ)線を計測します。検査結果は、γ線のデータを解析することにより、深さ方向の塩素の濃度分布を数値として得ることができます。また、内部の水分や隙間、土砂化の状態は、中性子線を照射して表面に戻ってくる中性子線を計測します。検査結果は、劣化の状況を影絵の透過の画像ではなく表面に戻ってくる反射した中性子線の画像として見ることができます。このような中性子の性質を活用して見えないものを見える化する装置システムが、RANSです。


*2 土砂化:コンクリートが骨材とモルタルに分離し、土砂のような状態になる現象のこと。床版上に入り込んだ水や塩分、繰り返しかかる輪荷重などが原因で起こる。


──RANSには4種類あると聞いています。それぞれの違いを教えてください。


大竹 一番の違いは装置の大きさと中性子線の強さです。中性子線は原子炉での核反応を通じて発生するものが主に利用されており、近年は大型の加速器を利用した核反応で発生する中性子線の利用も世界で広がっています。その発生源である中性子の施設は、直径500mはあるような巨大な施設の中にありました。


理研小型中性子源システム「RANS」理研小型中性子源システム「RANS」


2013年に開発した1号機のRANSでは、中性子線の強度とエネルギーを下げることで装置の大きさを全長約15mに抑え、コンクリート構造物の内部を見える化。さらに、安定稼働が可能な装置の整備高度化の開発を行い、検証してきました。


「RANS」を小型軽量化した屋内普及型モデルであり、可搬型プロトタイプ「RANS-Ⅱ」「RANS」を小型軽量化した屋内普及型モデルであり、可搬型プロトタイプ「RANS-Ⅱ」


それをさらに、一般的な実験室に設置できる全長約5mまで小型化を図ったのが、2号機の「RANS-Ⅱ」です。


中型トラックに載せて橋梁や高速道路の内部を非破壊計測することを目的とした「RANS-Ⅲ」(画像提供:国立研究開発法人理化学研究所)中型トラックに載せて橋梁や高速道路の内部を非破壊計測することを目的とした「RANS-Ⅲ」(画像提供:国立研究開発法人理化学研究所)


3号機の「RANS-Ⅲ」は、Ⅱよりさらに小型化を図った装置一式を中型トラックに載せ、そのままインフラ現場に持ち込んで計測できるようにすることを目的とした装置です。


橋梁点検車・高所作業車のバケット上から床版下面を点検できる「RANS-μ」(画像提供:国立研究開発法人理化学研究所)橋梁点検車・高所作業車のバケット上から床版下面を点検できる「RANS-μ」(画像提供:国立研究開発法人理化学研究所)


また橋梁では検査員が橋梁点検車や高所作業車のバケット上から床版下面を点検します。そこに中性子線を利用できないか、と国立研究開発法人土木研究所から相談をいただき、開発に取り組み始めたのが「RANS-μ(マイクロ)」です。バケット内に収まる程度まで軽量・小型化を図るため、中性子線の強度をそれまでのRANSに比べ大幅に低下させていますが、その分、放射線の人体に与える影響の面でも一段と安全となっています。元素分析に優れた装置として社会実装できるように改良を重ねているところです。


茂木


──中性子線を用いた非破壊検査には、その照射や計測に関して資格や経験を積んだ職人技のような特別な技術はいらないのでしょうか。


大竹 RANS、RANS-Ⅱ、RANS-Ⅲの3機種は、加速器を含む装置システムを取り扱う上で、法令で定める放射線業務従事者として一定の教育・訓練を受ける必要があります。これに対してRANS-μは、ラジオアイソトープという中性子を発生する石のようなものを使っており、さらに発生する中性子線の強度が低いため、その必要はありません。装置内は中性子線の遮蔽(しゃへい)を徹底しているため、橋梁点検車や高所作業車のバケットという限られた空間の中で居合わせても自然環境と変わらない状況です。


いっぽう、検査結果の読み取りについても、誰もができるように気を配っています。現在、検査結果を画面上に数値で示すシステムを開発中です。



★こちらは〈前編/序章〉です。全文をお読みになりたい方は無料の「レンサルティングマガジン会員」登録後にログインしてください。登録後には「建設業の未来インタビュー」収録動画もご視聴いただけます。

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※記事の情報は2023年6月21日時点のものです。

【PROFILE】
大竹 淑恵(おおたけ・よしえ)
大竹 淑恵(おおたけ・よしえ)
国立研究開発法人理化学研究所 光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チーム チームリーダー
1989年、早稲田大学大学院理工学研究科修了。理学博士。京都大学大学院理学研究科、フランスのラウエ・ランジュバン研究所を経て、 1996年に理化学研究所に入所。2013年より、光量子工学研究領域 光量子基盤技術開発グループ 中性子ビーム技術開発チーム チームリーダーに就任。2018年には光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チーム チームリーダー、さらに2020年、ニュートロン次世代システム技術研究組合 理事長に就く
茂木 俊輔(もてぎ・しゅんすけ)
茂木 俊輔(もてぎ・しゅんすけ)
ジャーナリスト。1961年生まれ。85年に日経マグロウヒル社(現日経BP)入社。建築、不動産、住宅の専門雑誌の編集記者を経て、2003年からフリーランスで文筆業を開始。「日経クロステック」などを中心に、都市・不動産・建設のほか、経済・経営やICT分野など、互いに関連するテーマを横断的に追いかけている。

〈後編/序章〉へ続く



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