2022.09.21

日本の森林資源の豊かさを活かすにはどうすればいいのか【建設業の未来インタビュー⑧ 前編】 木材価格が高騰する「ウッドショック」が2021年春以降、日本の住宅市場を直撃しています。日本は世界有数の森林大国。豊富な森林資源に恵まれているはずなのに、なぜ――。今回は、独自の大型パネルを開発して国産材の普及を推進している、ウッドステーション株式会社の塩地博文代表取締役会長に、ウッドショックの背景にある日本の林業の課題や可能性について、お話をうかがいます。

ゲスト:塩地博文(ウッドステーション株式会社代表取締役会長)
聞き手:茂木俊輔(ジャーナリスト)

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日本の森林資源の豊かさを活かすにはどうすればいいのか【建設業の未来インタビュー⑧ 前編】

森林大国にもかかわらず需給にギャップ

――住宅市場を「ウッドショック」が直撃しました。市場原理からすれば、需要増に対して供給が追い付かなかったということです。ただ、日本は国土の約3分の2が森林に覆われています。本来は森林大国であるにもかかわらず、なぜ需給のギャップが生まれるのですか。


塩地 輸入材に依存している建築部材があるからです。具体的には梁をはじめとする横架材(おうかざい)*1と呼ばれる部材です。配管や配線の納まりなどを考えると、部材の周囲には空間の余裕を持たせたい。すると、断面寸法はできるだけ小さくせざるを得ない。それだけに、横架材には強度が求められます。そこは、輸入材が国産材に比べて優位です。


*1 横架材:木造建築の骨組みで、横(水平方向)にかけ渡された構造材のこと。 梁や桁、棟木、胴差し、母屋など。


塩地博文氏(右)


歴史的な経緯もあります。日本でいま伐採適齢期を迎えている人工林は、戦後植林されたものです。高度経済成長を背景として戸建て住宅の需要が伸びていた時期、それらの森林はまだ育ち切っていませんでした。いっぽうで、日本では1960年代以降、木材の輸入が解禁されます。これらのタイミングが重なり、輸入材は一気に住宅業界で頼りにされる存在になりました。輸入材はこうして、戸建て住宅のデファクトスタンダード(業界内の事実上の標準)になったのです。


――ウッドショックの直撃を受けたことで、住宅業界が輸入材に依存し、豊富な森林資源を有効に利用していないという問題が明らかになったとも言えますね。


塩地 そうです。反省すべき点が明確に見えてきたわけです。横架材の多くを輸入材に依存しているという現実から、関係者は目を背けてきたように思います。面白いことに、木材の自給率はこの20年間に約20%から約40%に上がっています。この数字だけ見ると、国産材は以前に比べ利用されるようになったと見られますが、横架材についての状況は変わっていません。


国産材の利用が増えたのは、柱に用いる部材など横架材以外のものや、木質バイオマス燃料*2として、なのです。自給率の上昇というマクロの評価にあぐらをかいて課題を放置してきたというのが、いまの状況です。


*2 木質バイオマス燃料:木材や枝葉などからつくられる再生可能なエネルギー源。化石燃料と異なり、樹木の成長過程で光合成によりCO2を吸収するため、燃焼により排出されるCO2と相殺できるカーボンニュートラルな燃料という側面もある。


塩地博文氏




日本の森林資源の価値は約500兆円

――なるほど。ではここで、有効に利用されているとは言い難い日本の森林資源の豊かさを、あらためて教えてください。


塩地 日本の森林資源量は全体で約50億m³と言われています。しかもそれが、毎年約2億m³の割合で成長し増えていきます。増えてくれる資源というのは、ほかにはそうありません。これに対して、1年間のうちに建築部材や紙パルプなどに利用される木材使用量は約8000万m³程度にすぎません。


つまり、年間の使用量を大きく上回る量が年々、新たに生み出されているのです。森林資源について仮に1m³当たり10万円の価値があるとすれば、全体で約500兆円に上ります。とんでもない額の富ですよ。


ただ山を放置していると、林道の整備もままならず、木を切り出せなくなります。獣害に見舞われる恐れもあります。約500兆円という価値を顕在化できなくなってしまいます。宝の山を生かすには、山を放置しないように木を利用していくことが大事です。


もう一つ忘れてはならないのは、山側に再造林を促すということです。日本の森林は個人の小口所有者が多いのが特徴です。それらの山主が再造林を決断しない限り、いくら勝手に増えていく資源とはいえ、適切な資源管理は望めません。それには、山主が適正な利益を得られる仕組みづくりが何より求められます。


塩地博文氏




建築部材に付加価値を付けて輸出する

――使い道として念頭に置くべきなのは、先ほどからお話に出てきた建築部材や木質バイオマス燃料ですか。


塩地 使い道としては建築部材ということになるのでしょうが、輸出も視野に入れる必要があります。ただ、丸太のまま輸出するのではなく、付加価値を高めたうえで輸出するような工夫を施さなければ、山主に利益を還元できません。例えば建築部材としてアジア諸国に輸出する場合には、日本の耐震・省エネ技術を組み合わせ、それによって付加価値を高めていく、というやり方が考えられます。


――塩地さんが開発した「大型パネル」はまさに、そうした付加価値型の商品の一つです。その大型パネルとはどのようなものか、まず簡単にご紹介ください。


塩地 我々の開発した「大型パネル」という商品は、構造材、間柱、断熱材、サッシなど、壁を構成する部材を、工場でパネル化し、現場では組み立てるだけ、という建築部品の一つです。部品と呼びますが、あらかじめ決められた大きさや仕様に規格化しているわけではありません。自由に設計した建築物を分解し、パネル単位に置き換えるようにして、一つひとつのパネルを製作していきます。


積極的に技術移転してきたため、誰でも大型パネルを製作できます。国内ではいま、10以上の工場が稼働しています。それぞれが、大型パネルを用いた建築物を施工する工務店や建設会社などから注文を受けて、大型パネルを製作しています。


聞き手:茂木氏




建築を部品化する大型パネル

――どのような動機から、大型パネルを開発するに至ったのですか。


塩地 第1の動機は、住宅建設現場における大工の問題です。大工は現場で柱や梁などの部材を組み合わせながら住宅を建てていきます。現場で扱うのは、木材だけではありません。断熱材やサッシを取り付けるのも、大工の仕事です。


そこで問題になるのが、サッシです。断熱性を高めるため、ガラスが1枚から2枚に、2枚から3枚に増えています。それに伴い、枠も強固な造りになっています。いまではサッシというと、重さが100㎏を超えるほどです。とても人力だけでは対応し切れません。建設現場はいま、ただでさえ人手不足です。在来木造住宅でプレハブ化が求められる中、建築を部品化する大型パネルの発想に行き着いたのです。


第2の動機は、山側とのデータ連携の必要性です。木材供給はいまプロダクトアウトの発想に立っているだけに、木材利用の現場ではロスが多い。製材所でも、プレカット工場でも、建設現場でも、不要な部分がいとも簡単に捨てられていきます。


聞き手:茂木氏、(右)塩地博文氏




深刻な木材のロス率の高さ


ロス率はどの程度か、早稲田大学建築学研究所所長の高口洋人教授と共同で、このテーマを追いかけたことがあります。結果は、何と70%です。相当深刻だったわけです。これだけロスが多ければ、木材の価値は高まりようがありません。それどころか、住宅価格の競争は厳しいですから、山主に利益が還元されることは、とうてい望めません。


では、どうするか。大型パネルの開発段階で独自のソフトを用いて、パネルを構成する部材を拾い上げていきました。その時、さまざまな寸法を持つ部材が無数にあることに気付きました。これらの部材を組み合わせていけば、元の丸太になるはずです。建設現場で使用する部材の寸法が大元である山側に伝わっていれば、川上の山主から川下の現場に至るまでムダのない作業が可能になると確信し、大型パネルの開発に踏み切ったのです。


――国産材をもっと有効に利用できる環境を整える観点から、大型パネル工場を地域インフラとして各地に整備していく必要がありそうです。


塩地 そうなんです。せっかく技術移転を進めているのですから、国はそうした設備投資をぜひ後押ししてほしいですね。


※記事の情報は2022年9月21日時点のものです。

【PROFILE】
塩地博文(しおち・ひろふみ)
塩地博文(しおち・ひろふみ)
ウッドステーション株式会社 代表取締役会長
2018年4月、三菱商事建材 開発事業部長を経て、木造大型パネル事業を展開するウッドステーション株式会社を起業する。大型パネルの開発者。環境建築素材「MOISS(モイス)」や国産材サプライチェーンの開発も行う。2003年、グッドデザイン賞、2005年、日経BP技術賞建設部門賞を受賞。
茂木 俊輔(もてぎ・しゅんすけ)
茂木 俊輔(もてぎ・しゅんすけ)
ジャーナリスト。1961年生まれ。85年に日経マグロウヒル社(現日経BP)入社。建築、不動産、住宅の専門雑誌の編集記者を経て、2003年からフリーランスで文筆業を開始。「日経クロステック」、「日経コンストラクション」などを中心に、都市・不動産・建設・住宅のほか、経済・経営やICT分野など、互いに関連するテーマを横断的に追いかけている。

〈後編〉へ続く



〈ご参考までに...〉

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