実習・事例
2020.03.30
京都・名勝平安神宮神苑の池底を清掃。半年に及ぶ一大プロジェクト 京都、平安神宮の神苑は、全国でも有数の名園として知られる。2019年、この庭の4つの池の浚渫(しゅんせつ=ヘドロの除去)工事をアクティオが担った。そこには、平安神宮宮司の熱い思いがあった。
国の名勝・平安神宮神苑
平安神宮は、明治28年、遷都1100年を記念して建立された。その神苑は明治を代表する造園家、小川治兵衛が20年以上の年月をかけて作り上げた名園。京都の造園技術の粋をこらした美しい庭で、1975年に国の名勝に指定された。庭園には大小4つの池が社殿を取り囲むように配置されている。
2019年6月~9月、アクティオは、この庭園の池のヘドロを除去する工事を手がけた。総面積7,203㎡の池から、4,763tのヘドロを吸い上げ除去した。総動員人数1,798人、総工事期間125日の大工事だった。
この工事は、アクティオから平安神宮への「奉納」として実施された。歴史ある庭園を守り、そこに住まう生き物の貴重な命を救う。アクティオの社会貢献事業の象徴ともいえる名誉ある工事だ。
絶滅しそうな魚をなんとか救えないか
平安神宮池底清掃。このプロジェクトはどのようにして始まったのだろうか。プロジェクトを統括した村松健一常務にお話を聞いた。
このプロジェクトは、2018年、平安神宮の本多宮司とアクティオの小沼光雄会長が、共通の知り合いを通じて知り合ったことがきっかけとなった。本多宮司は小沼会長に、ある大きな悩みを打ちあけたのだ。
「平安神宮の池には、環境省の絶滅危惧種に指定されている貴重な魚がいるんですが、池底のヘドロのせいで数が激減しているんです。なんとかして復活させたいんですよ。池のヘドロを取り除きたいんです」(本多宮司)
この魚はイチモンジタナゴという。体長は数センチ、虹色に光る体に一文字にラインが入った、日本固有の美しい魚だ。近年、河川環境の悪化や肉食外来魚の増加で絶滅が危惧されている。
この魚は、マルドブガイという二枚貝のエラに卵を産み付けるという風変わりな習性を持っている。この貝は砂地に生息するため、ヘドロの溜まった平安神宮の池では数が減っていた。それはすなわち、イチモンジタナゴが繁殖できないということを意味する。
平安時宮の池の水は、琵琶湖から引かれている。平安神宮のイチモンジタナゴは、もともと琵琶湖に生息していて、水に乗って平安神宮にやってきたものだ。琵琶湖では現在、ほとんどイチモンジタナゴを見かけることはないという。全国的に数を減らしているイチモンジタナゴだが、特に琵琶湖系のイチモンジタナゴは風前の灯火なのだ。そして、ここ平安神宮の池でも、ヘドロによる環境悪化で激減の憂き目を見ていたのだ。
本多宮司はこのことにとても胸を痛めていた。なんとか、琵琶湖直系種であるイチモンジタナゴを平安神宮の池に取り戻したい。東京本社を訪ねた宮司の話を聞き、小沼会長は即答した。
「アクティオなら、できますよ」
しかもその場で、その工事の奉納を約束したのだ。本多宮司は大喜びだったという。
「お返事を頂いた帰りの新幹線で涙がとまりませんでした」(本多宮司)
こうしてプロジェクトはスタートした。「我が平安神宮の池に、希少なイチモンジタナゴを取り戻したい」と願う宮司の熱い思いと、小沼会長の心意気が実らせた「平安神宮神苑池底清掃」。実際の作業の様子を探っていこう。
村松健一常務によると、実施が決まった当初は工事の行く末を比較的楽観視していたという。
村松「40年前に一度同じような池底の清掃を行っていたということも聞いてましたし、そう問題もなくスムーズにいくだろうと思っていましたね」
しかし、具体的に動き始めてみると、様々な困難が待ち受けていた。
どこまでやれば良いのか?
現場の指揮をとったのは、エンジニアリング事業部西日本営業部の大麻敏雄部長。現場でプラントの責任者を務めたのは、エンジニアリング事業部技術部の船橋晃祐課長だ。お話を聞くと、大麻部長は工事の準備を始めた頃を思い返してこう語った。
大麻「ボランティアなので、いつもお客様と交わしている仕様書や見積書などによる取り決めがないんですよ。最初はそこに戸惑いがありました」
そもそも、この工事をどこまでやるべきか、それによって工事日程も、用意する重機、プラントも変わってくる。もちろん費用も大きく影響を受ける。施主にあたる平安神宮サイドも、工事に関してはまったくの素人だ。「こうしてほしい」という明確な要望はなかなか出てこない。大麻部長は、苦笑まじりに語った。
大麻「となると、考えられる限り、最高品質を目指すしかなくなりますよね(笑)」
「できる限りのことをやる」「なるべくアクティオ社内の機械を工夫して使う」「期日を守る」これらを基本方針に計画の立案に入った。2018年10月のことだった。
想定外の事態が続出
工事計画の立案に入ると様々な「想定外」が次から次へと飛び出してきた。当初は、池に作業用の台船を浮かべて作業する予定だったという。吸引装置のアタッチメントを取り付けたバックホーを台船に乗せ、池に浮かべたまま効率よくヘドロを吸っていければ、なんとか短期間で作業を終えられそうだった。しかし......
大麻「名勝に指定されている庭園なので、何をするにも国の許可が必要だったんです。そもそも重機を持ち込むことが難しかったんです」
計画を進めていくと名勝に指定された庭園での作業は思いのほか制約が多いことがわかってきた。岩を動かす、地面を削るなど、現状を少しでも変える作業を行うには、その度に役所への申請と許可取りが必要なのだ。しかも、許可が下りるまでに最大半年もかかるという。台船や重機を庭園内に持ち込むのはどうやら難しそうだ。
さらに、庭園は常にお客様が拝観されているので、台般を浮かべたままにしておいては景観が大きく損なわれてしまう。
また、別の問題もあった。池の深さは平均で60㎝。そこに30㎝ものヘドロが溜まっている。実質の水深は30㎝しかないのだ。これでは台船を浮かべることはできない。結果的に、作業員が直接池に入り、手作業でヘドロを吸引することにした。
まだ問題はあった。工事期間の問題だ。桜の季節は庭園に大勢の観光客が訪れる。工事はできない。初夏は神宮の結婚式のシーズン。そして秋に控える「時代祭」は京都観光の名物であり、平安神宮にも大勢の人が訪れる。となると、工事を行うコアな期間は盛夏だけということになる。
6月を準備期間にあて、7月8月を工事期間、9月を清掃などの後処理にあてるという工程を組んだ。言うまでもなく、京都の夏は日本でも有数の暑さ。現場は過酷なものになる。しかし、やり切るしかない。
こうして、神苑内の4つの池を6区画に区切って清掃するプランが立てられた。池を区切って、清掃する区画だけ水を抜く。こうすることで、池の生き物を維持した状態での作業が可能になる。
ヤードがない
池から吸い出したヘドロは産業廃棄物になるため、産業廃棄物処理場に持ち込んで処理してもらうことになる。その処理費用をいかに抑えるかが今回の工事を成功させる大きなポイントになる。処理費用は重量に対してかかってくるため、ヘドロからなるべく水を抜き、固く搾って処理に出したいところだ。
汚泥処理には、4つの工程がある。
吸い上げたヘドロからごみを除去する(前処理)。次に砂を除去する(一次処理)。75ミクロン以上の砂粒をふるいで選別し取り除くと水の中に泥の粒子が浮遊する状態になる。ここに薬剤を入れて浮遊する泥を凝集し、沈殿させる。そして水を搾り、泥の塊にする(二次処理)。ここでいかに泥だけを取り出すかがポイントだ。最後に泥から搾り取った水を放流できる水質に調整する(三次処理)。
今回の規模の工事を考えた場合、これらの処理を行うプラントは、通常ならかなりの規模になる。二次処理を行う装置は通常フィルタープレスというものを使うが、これが全長12mある。理想的には、1,000㎡程度のヤードが必要だ。しかし、そのスペースは神社のどこにもなかった。
アクティオが使用できるスペースは、結婚式駐車場の一角。わずか400㎡のスペースに、できる限りコンパクトなプラントを構築しなければならない。難題だ。
コンパクトなプラント
効率良く汚泥処理でき、しかもコンパクトなプラントの構築。この難題をいかにして解決していったのか? 現場で作業にあたった、エンジニアリング事業部技術部の船橋晃祐課長にお話を聞いた。
船橋「大きなスペースをとるフィルタープレスを諦め、スクリューデカンタという装置に置き換えました。ちょっと冒険だったのですが...」
プラントの中で大きなスペースを占めるのは二次処理を行うフィルタープレスだ。これをフィルタープレスの約8分の1ほどの大きさのスクリューデカンタを用いる方法に変えたのだという。スクリューデカンタは、遠心力を使って泥の脱水を行う装置だ。本来ヘドロの濃度自体を濃くすることを目的として使用することが多い機械で、若干脱水効率は劣り、直接運搬できるようにすることは難しい機械だ。
船橋「弊社で、泥を直接外へ運びだす最終処理としての使用は、初めての試みでしたが、うまく機能してくれました」
通常は「脇役」のスクリューデカンタを二次処理の「主役」に抜てき。幸いなことに試験操業で十分実用に耐えうる結果を出すことができた。プラントのコンパクト化にめどが立ったのだ。
6月、プラントの設置が始まり、同時にプラントから池まで、300mものホースの引き回しが始まった。プラントの設置場所は神社の駐車場で住宅も近い。騒音に対する配慮も不可欠だった。大きな音を出す主要機器は防音壁で囲った。一次処理に使用する「ふるい機」は振動して騒音の元となるため特別にエアダンパーを取り付けた。
魔の一ヵ月
周到な準備と試験操業を終え、いよいよ作業が始まった。ところが、最初の一ヵ月はさんざんだった。
泥の吸引に使用する水中ポンプは、ごみが絡んでしまい、まったく役に立たなかった。早々に諦め、真空ポンプに切り替えた。吸引担当のスタッフは吸引量を稼ぎたいがためについつい水分を多めにしてしまう。そうなるとプラントで処理しても水ばかりで肝心の泥が取れない。効率が悪いのだ。逆に泥が濃すぎると吸引できず、配管が閉塞してしまう。
吸引スタッフは、どんな状態の泥を吸わせたらいいのか、トライアンドエラーを繰り返した。手作業でヘドロと水を混ぜ、調整する職人仕事だ。プラントでは、スクリューデカンタに入れる薬剤の調整に追われた。現場で怒鳴り合いが始まることもしばしばだったという。
この作業は、池側の吸引スタッフと、プラントを動かすスタッフのコンビネーションが重要だ。息が合っていないとうまく進まない。先行きが不安だった。果たして、この工事、終わるのか? 当然のようにスケジュールは押していった。
今回の工事は、単に池をきれいにすれば良いのではなく、生き物を極力保全しなければならない。水をすっかり抜いてしまっては生き物が死んでしまうため、池を区切り、ヘドロを吸引するエリアだけ順に水を抜くことにした。
水を抜きながら鯉などの大きな生き物は捕獲、小魚は水のあるエリアに移動してもらう。小魚や貝、小さな生き物も見逃さず手作業ですくい、清掃が済んだ池へと逃がす。要所で京都市都市緑化協会の立会いのもと、池の生物を確認、観察してもらう作業も行い、準絶滅危惧種のヌマムツや在来種のヨシノボリ、フナ、鯉の稚魚なども丁寧に手作業で確認していった。途中、台風やゲリラ豪雨などにより工期が危ぶまれるシーンも多々あった。
やがて現場が回り始めた
ギクシャクした現場で続く手探りの作業。それを続けるうち、しだいに光明が見えてきたという。船橋課長は語る。
船橋「2週間、3週間と経つうち、吸引スタッフも、我々プラントのスタッフもお互いプロですから、だんだんと、あ・うんの呼吸が生まれてきたんです」
様々な現場を潜り抜けてきたプロフェッショナルの経験と勘が、試行錯誤の中から絶妙なコンビネーションを生んでいった。一度うまく回り始めた現場は、雰囲気も良くなる。密なコミュニケーションが生まれ、「これならうまくいく」という手ごたえも出てきていた。
そんな折、村松常務の旗振りでスタッフの焼き肉パーティが催された。アクティオ社員と京都のグループ企業で構成された混成チームが、しだいにうまく回り始めた現場の話を肴に酒を飲んだ。村松常務は、現場にとって心地よいコミュニケーションが何よりも大切なものだと知っていたのだ。
そして迎えた盛夏、8月。作業は、当初の遅れを取り戻す勢いで進んだ。保護した生き物の中に、イチモンジタナゴが産卵するマルドブガイの姿も確認でき、作業に弾みが出る。
刻々と条件が変わる
池のヘドロの土質は、場所によって違う。池の中心部か縁か。その場所の風向きや生えている植物の量。これらによって大きく変化するのだ。しかも、40年間溜まり続けたヘドロは地層をなしている。深さによっても土質が変わるのだ。吸引されてくるヘドロは刻々とその性質を変える。プラントではその度に、凝集材の量や配合を調整する必要がある。
船橋「もう、一日に何十回とチェックして調整していましたね」
刻々と変化する土質を相手に、リアルタイムに対応を迫られる日々。それでも「うまくいっている」という手ごたえが励みになった。
暑さと雨
京都の夏は暑い。現場には製氷機を常備。仮設のシャワールームも準備し、ファンがついた作業着で熱中症を防いだ。そして雨。連日午後3時ぐらいになると滝のような雨が降った。しかし雨天でも作業は続く。なんとしても、9月には作業を終えたい。
暑さと悪天候にもかかわらず、現場の空気は、あのギクシャクした6月からは考えられないほど好転していた。大麻部長はこう振り返る。
大麻「すっかり、笑顔が絶えない居心地の良い現場になっていました。いつしかみんなの合言葉は、お互いを思いやる、"I(愛)はありますか?"、"AKTIOからI(愛)がなくなるとAKTO(悪党)ですよ!"と(苦笑)」
二連のタンク
今回のプラントには、実はもう一つアクティオならではの工夫がこらされていた。吸い上げたヘドロは、①真空状態の回収タンクに入れられる。②通常このタンクはひとつで使用する。ヘドロで満タンになったら真空を解除し、下のタンクに落下させる。③しかしそうすると、池とは一旦、縁が切れるため、300mの配管内に溜まったヘドロが池に逆流する。せっかく吸引した泥が池に戻ってしまう。これを防ぐため、タンクを二連にして連続作業を可能にした。工期を少しでも短くできるように工夫した結果だ。
工事完了
9月、終わりが見えてきた。およそ一ヵ月押しで進行していた工事は、その後の巻き返しにより、当初の予定を上回る速度で進んでいた。最後の区画の清掃が終わると、スタッフたちや神宮関係者が続々と集まってきた。
村松常務「取りかかっておよそ1年ですからね、感無量でした。中には燃え尽きてしまったという人もいますよ(笑)」
大麻部長「忘れられないのは、現場の一体感ですね。大変でしたが、もうちょっとやっていたかった、という気持ちも正直あります」
船橋課長「最初の一週間はどうなることかと思いましたが、とても良い経験になりました」
お金ではない価値
今回のプロジェクトの意義を村松常務に訪ねると、こんな答えが返ってきた。
村松「単にひとつの工事が終わったということではなく、社会に対して一定の役割を果たせた、という感慨があります。大きな責任を果たせた」
平安神宮地底清掃プロジェクトは、アクティオにとって、お金には代えられない価値のある仕事だったという。大麻部長はこう振り返る。
大麻「もともと、元請けの経験は少ないんですが、今回、アクティオグループだけでやり切ったというのは大きな意義があります。貴重なノウハウを手に入れられたと思います」
実際、普通に発注していたら工期も予算もかかりすぎて、とても実現するような仕事ではなかったという。
大麻「ある意味、無謀だったのかもしれませんが(笑)、アクティオグループの機動力で乗り切れました」
この工事では、スクリューデカンタを一次処理でメインに使う、2連式のタンクで切れ目のない処理を行う、あるいは念の入った騒音対策など、様々な応用の利くノウハウも残せた。現場で作業にあたった船橋課長にとっても大きな収穫だったようだ。
船橋「他の現場にも使えそうなノウハウをたくさん蓄積できたと思います」
今回の工事の経験が、アクティオの新たなレンサルティングの種となるのは間違いない。
これからが本番だ。
今回の池底清掃は、池のイチモンジタナゴを守ることが目的だ。琵琶湖直系のイチモンジタナゴを平安神宮の池に取り戻してこそ、プロジェクトの成功といえる。その意味では工事が終わったこれからが本番だ。
もともと魚捕りが好きで、淡水魚類に対する大きなこだわりを持つ本多宮司は、池に生物多様性を取り戻すためには、ヘドロの除去が必要だと主張してきた。イチモンジタナゴを守ることは、神苑の貴重な生態系を守ることでもある。
本多宮司「今回、浚渫をお願いできて本当に良かった。必ずや、イチモンジタナゴが池に戻ってくれると信じています」
すべての作業が終わった10月。神苑に、池底清掃を奉納する石碑が建った。本多宮司は京大の教授の受け売りだと照れながら、こう語った。
本多宮司「自然界は雨風で常に攪乱されています。定期的に攪乱されるからこそ、生態系のバランスがとれているそうです。浚渫もある種の攪乱で、これを定期的にやらないと生き生きとした生態系は保てないんです。これを機会に、定期的に攪乱をかける方法を探っていきたいと思います。こんなことが私の在任中にできるとは思ってもみませんでした。小沼会長のおかげです」
アクティオが担った池底の清掃は、この池の、実に40年ぶりの新陳代謝だったのだ。滋賀県で繁殖させた琵琶湖直系のイチモンジタナゴの試験放流も行われ、環境は整った。あとは、イチモンジタナゴとマルドブガイたちの頑張りに期待したい。
工事も終わった10月6日朝、平安神宮に関西方面のアクティオグループ社員が、家族と共に集合した。工事の期間中、近隣住民の皆様に様々な形でお世話になった感謝の思いも込め、神宮周辺の清掃ボランティア活動を行ったのだ。
▼密着125日!京都平安神宮神苑「池底大清掃に挑んだ男たち」
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※記事の情報は2020年3月30日時点のものです。
〈ご参考までに...〉
● スクリューデカンタ(アクティオ公式サイト)